コラム「友情と尊敬」

第39回「終わりは始まり」 藤島 大

シーズン佳境とは、すなわち終わりと始まりの季節でもある。
11月23日、三重県立四日市農芸高等学校、同県立朝明高等学校に敗れる。
13-18。負けた者にとっては切ないスコアだ。

そして四日市農芸の挑戦はすでに始まっている。
情熱家でとどろく下村大介監督のことだから「1年後、花園へ」の意志と発想は全身をぐるぐるとめぐっているだろう。

数年前の夏、福岡出張のおり、ある酒場を訪ねた。
店主は「ぎんなんリトルラガーズ」で多くの選手、いや、まっとうな人間を育て上げた名物男である。そして、なにより博多祇園山笠土居流の中心人物だ。博多の勇ましくも粋できれいで、どこか照れたようなところのある祭り、山笠に魂を捧げてきた。
酒場訪問の日は、その山笠が終わって間もないころだった。なのに、もう男どもは額をつきあわせるように「来年の山笠」の話に没頭していた。

つい聞いてみた。「もう来年の話ですか」。すると店主は言った。

「ラグビーでもそうでしょう。決勝戦の次の日から勝負は始まるでしょう」

全国の負けたばかりの者たちよ、さあ勝負の始まりである。

以下、特定のチームの批判のつもりはまったくない。どうか例として挙げるのをお許しいただきたい。関東対抗戦の筑波大学は、10月30日、早稲田大学と対戦した。
すでに慶応によいところなく大敗を喫していた筑波は、この日、王者を向こうになんとか前へ出てタックルを仕掛けていた。アタックでは、キックを多用、最も失点の危険性の高いターンオーバーを極力許さない計画を実践しようと試みた。
前半は、3-26。トライをなんとか「4」に抑え、善戦といえば善戦かもしれなかった。
結局、17-64の試合終了。全般に「早稲田、不完全燃焼」という印象が残った。

筑波の古川拓生監督は次の内容を会見で話した。
「この1週間(の練習は)、ディフェンスだけに集中してきました」
「早稲田はキックに対して後ろに戻ることはあまりできていない。そこをつこうと」

一瞬、惜しいなあと思った。監督のコメントは「対策」だ。間違ってはいないのだろう。でもチームづくりの根本とは異なる。
これは筑波に限らず、世界中のすべてのチームには年間を通した明確な標的(ターゲット)が必要だ。それこそはチームづくりの核なのである。
スポーツライターの個人的意見としては、05年度の筑波大学は「打倒、早稲田」だけに邁進するべきだった。

前年度は対抗戦5位なのだから目標設定が無謀とする見解はありうる。しかし、5位のチームが4位をめざすのはナンセンスだ(あくまでも一般論。筑波の実際の目標設定がそうだという意味ではない)。
古川監督は、確か、ジャパンのスタッフに加わったこともある。日本ラグビーの中枢にいたわけだ。環境も悪くない。いい選手はいる。もちろん入学試験の方式や基準は各校それぞれであり、どこかに比べて層は薄くとも、たとえば早稲田との47点差を「善戦」と考えるいわれはまったくあるまい。

早稲田の先の筑波戦先発メンバーのうち、公立校出身者は7名だった。付属校出身の左プロップは高校3年の秋からラグビーを始めた。ふたりは授業の厳しい理科系の学部に所属している(筑波にもふたり)。もちろん出身校だけで戦力は判断できない。公立にも強豪とそうでないところはある。ただ早稲田がいつもいつも夢のような戦力を誇っているわけでもない。

仮に筑波が「早稲田に勝つこと」のみを目標にすえる。すると練習の方向と量、それからメンバー構成が決まる。まず「攻め勝つ」のか「守り勝つのか」を分析から決める。「FWのセットで崩すほかなし」と結論したならスクラム、モール、ラインアウトの猛練習に励むしかない。「走り勝つ」ならおかしなくらいの強度のフィットネス練習を貫く。「蹴り勝つ」のであればロングキッカーを育て、場合によってはポジション転向させてもしかるべき配置をする。チェイス、バック、カウンター攻撃を磨きに磨き、ラインアウトに練習の重点を置く。「接戦勝負」をイメージすれば、メンバーには粘り強く集中力のあるタイプが選ばれるはずだ。シーズンを通した標的から逆算された強化は「ゲーム前の対策」とは密度と浸透力が別次元だ。前へ出るディフェンスは1週間では肉体化されない。1年から2年かかる。

それでも簡単には勝てない。しかし、そうして1年間を過ごすと、チーム力はこれまでの地平より一段のぼる。少なくとも時の王者に「この部分では負けない」何かを得られる。まんべんなく正しいドリルをこなしても永遠に抜け出せない。

筑波のSH大和嶺の気迫は観客席にも伝わった。CTB吉廣広征、嶋崎達也も体を張っていた。はじめから「打倒、早稲田」を標的にすえたなら、もっともっと戦えた。さらには何事かをきわめる過程で、戦法の違う別のチームに対してもいつしか力を増してしまうのである。

早慶戦。シーズン当初から「打倒、早稲田」に徹した慶応は0-54と完敗した。
スコアなら筑波-早稲田と差はない。しかし慶応のほうが修正は早い。早稲田にどこで上回るべきかのイメージがくっきりしているからだ。「ここで勝つはず」ができなかった。では、どうするか。何が起きても当初からの軌道は外れない。1ヵ月後の大学選手権準々決勝で再戦することになれば大きく差を縮める可能性もある。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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