コラム「友情と尊敬」

第91回「113日」 藤島 大

ひとつになる。こわい言葉だ。

今回の震災後、日本列島にも満ちあふれている。本当は「ひとつにならずにすむよう一刻も早い復興を」のほうがふさわしい。ひとりずつの違い、正しく明るいばかりでないはずの個性や現実を「悲劇」が飲み込んでしまうから天災は残酷なのだ。あまりにも圧倒的な現実が「あらゆる違い」を平準化してしまう。

でも、スポーツという限定された空間と時間でなら、まさに「チーム」はひとつになってもらわなくては困る。ラグビーのジャパンももちろん。

チームがひとつになる。まずは人と人の関係。チームワークと同義だ。もうひとつ、「強度」の問題もある。つまり負荷耐性のようなことである。ひとつに強く固まるイメージ。たいがい、両者は相関している。ストレスを乗り越えた経験のないチームワークは砂糖菓子のように甘くもろい。ここは「猛練習の効用」という研究領域にも結びつく。

家電、たとえばテレビでもなんでも、いったん試作されたら、机の上から落っことしたり、水をかけたり、しばらく逆さまのまま置きっぱなしにする。シベリアの氷点下、リビアの炎天砂漠のような環境の家庭でも長く機能しうるかをテストする。

あれと似ている。チームづくりにあたって、パーツごとの理屈と技術と体力が、いざ15人で動くと滑らかに結びつかないということはよくある。ほぼ完成したら、もういっぺんタフな試合でテストする。ここでも大きなストレスが生ずる。

やはり難敵にはうまく通じない。どうするか。捨てる。あるいは大胆に単純化する。

サッカー日本代表のワールドカップ直前での「守備を厚くする方針」への転換もそうだった。あれはギャンブルでない。そこまでに体力獲得やチームワーク醸成の段階を踏めていたので、いよいよ「うまくいかないとわかった」ところで戦術を変えてもチームが揺るがぬ典型だ。なにより大切なのは大勝負の前に「加える」のではなく「減らした」ところである。

さてラグビーのジャパン。9月の開幕まで本稿執筆時で112日、フランスとの初戦までは113日、そろそろ負荷耐性テストの最終仕上げをしなくてはならない。大勝ばかりのアジアの相手ではなかなかつかみにくいが、現場の指導者、この場合、ジョン・カーワンHC(ヘッドコーチ)なら気づくはずだ。気づかなくてはならない。あっ、これはフランスとトンガ相手には無理だ。カナダにしか通用しない。そういうふうな仕分けは始まっていると信じたい。

細分化されたパーツを積み上げて、つまり打ち手をどんどん増やして、標的である強敵との試合の前に「ひとつに」まとめようとしてもまとまらない。時間に負けている。

そうではなくて、チームづくりのスタート段階での目標と仮説、そこからの逆算に沿って段階を築いて、指導者の主観としては「これでできた」と考えられるくらいのチームを仕上げてしまう。まず弱い相手に勝つことでチームワークのベースを築き、ほどよい相手、本年なら7月上旬のサモア、フィジー、トンガ、8月の敵地でのイタリア、本拠での米国戦で最後の耐性テストに臨む。結果、加えるのでなく減らす。あくまでも「主観的にはチームができている」ことが最後の「引き算」の条件となる。

ジャパンは、この春から、国内でのサントリーと似た方向性のアタックに取り組んでいる。攻撃側有利のルール適用に対応する常道だ。バックスがあまり流れず、まっすぐ浅く走ろうという意思はアジア勢との連戦でも伝わってきた。宮崎キャンプでも、たまたま見学した日は、連続攻撃時の「崩しの型」を練習していた。

ただし現時点では、誰かが突進、大きく前へ出たら、アリシ・トゥプアイレイの象徴するパワー系のバックスでなだれこむ攻撃が最も効果的だ。これが強い相手に通じるかが攻撃の成否を分ける。もしフランスとニュージーランド、それにトンガにも通じにくいと判断したら、そこからどう引き算をするのか。時間との勝負は厳しい。ディフェンスも、最後は最初に標榜した「世界最速」が求められる気がする。ならばアジアの地でも「世界最速」を試したほうがよかった。

就任5年目のジョン・カーワン体制のよいところは「チームの固定化」にある。あまり選手を変えない。ファンやジャーナリズムにとっては変化にとぼしくても、チーム構築の原則としては正しい。もちろんセレクションがベストなのかについてはさまざまな意見があって当然だ。筆者ももっとセットプレーを重視した選考をすべきだと思う。日本にいないジェームス・アレジをあくまでも起用するのも個人的には割り切れない。ただし一般論では、信頼する選手の固定化は間違いではない。もっと急げ。さらに固めよ。キーワードは「いっぺん極端にやってみる」だ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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