コラム「友情と尊敬」

第46回「トップリーグ全節を見よ」 藤島 大

どうやら日本サッカー界の新しい命題は、この国のラグビーにおける古くて新しい命題のようでもある。

サッカー日本代表監督のイビチャ・オシムは言う。

「代表を日本化させなくてはならない」

こうも語った。

「強いチームに学ぶこと自体は悪いことではありませんが、そればかりでは本来の持ち味を失いかねません。日本は独自のやり方を探すべきです」(『文藝春秋』九月特別号)

ラグビーを追うジャーナリズムの立場からすれば「サッカーよ、気づいたか」と胸を張りたいところだが、なに、こちらの代表もすぐに忘れる。忘れるというより、しかるべき強化責任者の多くが、過去の文献や史実を読みもせず知ろうともしない。ドイツの元大統領の名スピーチではないが、過去に目を閉ざす者は現在をも見すえることはできない。かくして延々と過ちを繰り返す。

オシム監督が前掲誌で「日本人の長所」を挙げている。

「器用さは日本の得意とするところではないですか。それに、日本人は瞬発力と敏捷性があります。俊敏性は単なるスピードとは違います。スピードは一定の距離を走らないと生まれませんが、日本人は限られた狭いスペースでもすばやく動ける。また戦術をよく理解して相手の得意の形を封じるのもうまい」

おおむね40年前の大西鐵之祐の発言と重なるではないか。この前提に立って、幾つかの輝きを発揮できたジャパンは、ことに1990年代中盤から、呪われた過ちである「レビューからの逃避」によって、無責任な指導体制と方向定まらぬチームづくりに甘んじてきた。「レビュー」とは過ぎたことの検証である。

ラグビーほど肉体の資質、ことにサイズや腕力という領域での差がストレートにチーム力にはつながらないサッカーの指導者が、あらためて、「海外模倣の限界」と「独自性創造の意義」と「巧緻性と俊敏性と緻密な戦術理解という日本人の長所」を指摘している。

Jリーグの前新潟監督、現在、オシムの代表でコーチを務める五輪代表の反町康治監督にインタビューする機会を得た(8月24日発売の『スポーツ・ヤァ!』誌に掲載)。
日本人の独自性について聞くと、こう答えた。

「オシムさんは外国からきたので、むしろ日本人の長所も短所もわかる。僕が、たとえばイタリアで指導すれば、イタリア人の長所短所がわかるのと同様でね。その長所をうまくいかしてチームづくりするのは当然で、それがこれからの仕事にかかってくる」

また反町監督は、要訳すれば、こんな主旨を繰り返した。

「うまい選手といい選手は違う。うまい選手を11人並べても試合には勝てない。選手の目に見えないパーソナリティーは重要。そして、その分野は他者からの情報を頼りにすると間違える可能性がある。自分が足を運んで確かめるべき。オシムはそのことをよくわかっている」

11人を15人に改めれば、そっくり同じ発言を、ざっと四半世紀前、大西鐵之祐さんがするのを聞いたことがある。

ジーコでしくじった日本サッカーは、なんといっても世間の注目度が高く、またプロ化の歴史をかさねてきて、学習能力をそれなりに高めている。ラグビー日本代表のほうは、いくら負けても深い反省を欠いてきた。人事にいたっては「最高にして最良」からむしろ離れていく。

さて、ラグビーの日本代表を率いるジャン=ピエール・エリサルドは、日本人の長所と短所を深く見抜き、それに合致した戦法、もっと述べれば勝負の哲学を構想して、悲観的なほどの準備を積み重ね、全体としては「日本人でも強豪を倒す可能性はありうる」という肯定的な態度を貫けるだろうか。

ひとりの選手が、エリサルドの培ったラグビー観、具体的な練習法から何事か学ぶ。それならありうるだろう。問題は、現在のジャパンのおかれている状況にふさわしいかである。少なくともジャン=ピエールその人に、トップリーグ全節の試合を観戦する熱意と責任感はあるのか。そこで解答は導かれるだろう。

以下、一般論。日本の指導者が、シンガポール代表監督に招かれたとしよう。強化に成功するためには、選手としての実績、一般的な指導歴という経験則では無理だ。シンガポール人とは何か、シンガポールにおけるラグビー選手の位置づけ、シンガポールの文化、生活、その歴史と変遷を理解しなくては勝てない。国内外を問わず、発展途上のチームを発展させるには、ただ普通にラグビーを教えるだけでは足らない。過去と現在と未来をつなぐ知的好奇心と情熱がどうしても求められる。ジーコとオシムの違いは、そのあたりと見る。エリサルドの限界もまた。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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