コラム「友情と尊敬」

第30回「小さき者の可能性」 藤島 大

1995年。パリでテニスのフレンチ・オープンの取材を終えて、そこから南アフリカのラグビーW杯へ飛ぶつもりだった。ところが満席また満席。フランスのラグビー好きが大挙して応援へ向かうためだ。やむなく、いったんオランダのアムステルダムへ行き、そこからヨハネスブルグをめざした。

でかい。機内で思った。スーツを着て黒カバンを提げたビジネスマンが、みんなロックのサイズだ。冗談抜きに2m級があちこちにいる。おそらくオランダ人と南アフリカ共和国の白人が大半と想像できる乗客は、ともかく、平均して長身だった。ヨハネスブルグ着。構内のトイレのいわゆる「あさがお」が、これまた高いところにある。
男性小用トイレットの高さは南アフリカが世界一。噂は本当のようだった。

前置きが長くなった。いや、みるみる、我がへそのあたりに広がるひまわりを思い出してしまったのだ。つまり、でっかいオランダ人、その末裔が多数を占める南アフリカの白人は体が大きい。だから同国代表スプリングボクスも当然ながら巨漢ぞろいである。

そのスプリングボクスの現役代表、NECグリーンロケッツの背番号10、ヤコ・ファン・デル・ヴェストハイゼンのサイズは、トップリーグの公式で「1m79cm・87kg」である。スプリングボクスの一員としては小さい。

「スタンドオフで87kgもあれば大きいじゃないか」。そんな声も理解できる。まさに問題はそこなのである。
「1m79cm」は、少なくとも巨人集団、スプリングボクスの規範では「とても小さい」。実際、日本の大学にだって、もっと背の高いSOはいる。
法政の森田恭平は1m80cmである。体重は85kg。
シーズン途中、FBに回ったものの、関東学院の本来の10番、田井中啓彰の身長は1m85cm、体重はヤコと同じ87kgだ。ただし将来を期待される両名の体重の数字が、あのヤコの隆々たる筋肉の域には遠いのも、また厳粛なる事実だろう。ヤコの87kgは過不足なき本物の鎧だ。

昨年末、『ナンバー』誌のためにインタビューしたヤコ・ファン・デル・ヴェストハイゼンは、日本の選手の体格について言った。
「体重なら増やせる」
そして、もっぱら日本ラグビーの停滞の理由にも挙げられるシーズンの短さを、こんなふうに能動的に考えているのだった。
「日本は、たっぷりジムワークができる環境にある。シーズンオフが長いからだ。いまのトレーニング法ならスピードを落とさずに体重を増やせる。2月から6月にかけてジムワークに励むのだ」

骨格は変えられないが体重なら増やせる。そこに小さい人間の可能性がある。また、きちんと戦える体力と必要なだけの筋力を備えているなら「小さな人間の強さ」は、これから、むしろ求められるだろう。

ウェールズにシェーン・ウィリアムスというWTBがいる。一昨年W杯での公式サイズは1m73cm、78kgである。
これまた大変に小さい。このウィリアムスの名言がある。
「小さな者には大きなスペースがある」
断じて負け惜しみではあるまい。事実、W杯のオールブラックス戦では黒い壁をすり抜けるように何度も突破を果たして、一躍、無印から世界の顔となった。

国内のラグビーを見ても、小さな人間の奮闘はやまない。
法政のフランカー、大隈隆明主将(1m70cm、80kg)は地面の球の争奪にしぶといだけでなくランナーとしても強力だ。
早稲田のフランカー、松本允(1m70cm、85kg)もトライを量産する。
そういえば、啓光学園の不屈の背番号6、上田一貴主将(1m67cm、75kg)のランにも威力はあった。
三者ともチャンスの嗅覚を備えている。なにより鍛え上げた筋力がある。そして、ここが本稿の主題なのだが、実はタックルに対して強い。そのことが「小さなサイズ」とは無関係でないような気がする。

現在のラグビーは、全般にタックルが高い。ひとつのタックルに賭けるよりも人数を揃えて壁全体で押し上げる。あるいは受けてから壁に吸収する。なるだけ最初から球を殺そうとする。そこで攻撃側にとって効果的なのは上体をつかまれない技術であり、たとえば体を素早く回転させる「スピン」はきわめて有効だ。さらには立ち止まった状態からの急激な加速。せわしい足の運びによる急速な角度の変化。それらは総じて「小さな者」の得意分野のはずだ。

そして、以下は、もう少し取材を進めなくて断言できないのだが、トップリーグの多くのチームでは、練習がフィジカルな内容(肉体接触=ぶつかり合い)に傾くばかり、メンバー選考が「当たりの激しさ」に偏っているのではないか。「小さき者の強さ」。あるいは「かわす者」や「考える者」の出番が減っている。もちろんドカーンと突進する「荒くれカウボーイ」やバチッと体ごと重いタックルを見舞う「殺し屋」は必要だ。しかし15人がすべてそうであれば、すなわち勝利に近づけるのか。いささか疑問なのだ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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