コラム「友情と尊敬」

第151回「ラグビーの形」 藤島 大

空手競技の「形」を東京五輪で初めて凝視したスポーツ好きもおられるだろう。格闘技なのに対人の戦いはない。輪郭のない敵を突く。蹴る。砕こうとする。すべての指先、頬の筋肉にまでスキはない。ひたすら先人の築いた形の奥の奥まで到達しようという意思は迫力を帯びた。

ラグビーの「形」も捨てたものではないぞ。さらに確信した。相手をつけずにライン攻撃の形を身体で覚える。マシンを用いて8人のスクラムの形をきわめる。キックを受けてからのカウンターアタックの鍛錬を防御をつけずに繰り返す。

それは間違いのない強化法だ。空手がまさにそうだが、物理的にさえぎる存在がないからこそ無限の理想に近づける。この形なら抜ける。この形なら押し切れる。そんな理想に。

ここでラグビーの古くて新しい命題は浮上する。

ひとつ。ディフェンスの圧力のない練習なんて、ただ「形」に過ぎないのでは?意味なし。実際の試合とは違うのだから。

もうひとつ。このラインの角度と構成員の距離とパスのスキルがあれば防御が襲ってきても必ず抜ける。まず、その「形」を圧力のない状況で徹底反復して身につけるのだ。そこに意味はある。

どちらも正しい。まさに自分のチームの環境や選手の背景しだいだ。ただ近年は全般に後者、すなわち「まず形」のほうが劣勢でなかったか。海外のコーチング法の浸透もきっと関係している。

本日からラグビーを始める幼児の集団がある。ここは対人練習がよい気がする。どのみち形もうまくできない。ならばダンゴになって押し合ったり、ともかく抜き合ったりしたほうが、いちばん最初に「ラグビー競技の構造」を体感できる。

あなたがオールブラックスのコーチなら、国内であれば旧パナソニック、埼玉ワイルドナイツの指導者であれば、やはり対人練習が軸だろう。できる選手がさまざまな圧力に接した場合のスキルをいっそう磨き、そのつどの応用を身体化していく。才能に恵まれたアスリートは体験がただちに経験と化す。機会は多いほうがいい。

では国内の社会人下部リーグや強豪を含む大学は?形の出番がうんと増す。まずコーチがこれをできれば必ずうまく運ぶ形を考え抜いて、求められるスキルや体力を抽出、しつこく仕込んでいく。防御圧力がかからなければできる。そこが最初の目標だ。いきなり対人で試すと、反復のないスキルなんてたちまち無力となり、さまざまな理由で失敗が続く。すると本当に何がよくて悪いのかがわからなくなる。

高校はどうだろう。ごく少数の花園ベスト4級には、幼少期からの突出したタレントが並ぶ。「日本国内の高校ラグビー」に限ればオールブラックス級かもしれない。対人でどんどん上手になる。その他の学校は形を捨てないほうがよい。

昔ながらの名称で「アタック&ディフェンス」は危険である。タックルありの負傷のリスクという意味ではない。「本物の試合とは異なる」危うさだ。Aチームが攻める。Bチームが守る。どんなに必死でタックルに向かっても公式戦のプレッシャーとは違う。Aに選ばれたいBの選手が打つ手を知っているので先回りの猛ヒットを狙っても、これはこれで実際とは「似て非なる」だ。

形の練習を積み重ねる。クラブ内のアタック&ディフェンスでなく、A対Bの部内スクラムでもなく、仮想敵の練習試合で実験する。多くのチームにはこのほうが到達度をはかりやすい。

もちろん日常のトレーニングにおいて防御の圧力と無縁ではありえない。そのあたりはコーチングの塩梅である。形の徹底反復→練習試合で実験→形を修正→計算の立つ公式戦で成果を実感→目標の決戦を見すえて「防御圧力」を導入→いよいよ決戦目前のところで、もういっぺん形を整える。そんなサイクル。

防御は、システムの構築、前へ出る意識や具体的な足の運び、ヒットの強度などの要素をいっぺんに混ぜるのでなく、それぞれのスキルやコンタクトを形に分解、錬成の度合いをチェックしながら段階を経て獲得する。

と、書いてはみたものの、当然、各クラブの条件(部員数、体格、経験、練習のスぺース、許される時間)によって取り組みは変わる。思考の流れの一例を示したに過ぎない。

述べたいのはひとつ。物理的にさえぎられないから高みへ接近できる。「腕立て伏せ50回。できないと腹筋100回」。おっかない監督に命じられたら、どうしても肘は深く曲がらない。あごも地面につかない。でも、誰にも指図されず、ただ自分のために取り組めば「いーーーち、にぃーーー」のリズムと申し分のない深さで完全な30回を貫ける。それと似ている。

まったく残念にも感染拡大はやまない。先日も福島県の高校ラグビー事情を聞いた。「対外試合や合同練習は許されず」。ならば、ひとつ無人の相手に向かって理想の形をぶつけてはいかがか。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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