コラム「友情と尊敬」

第53回「グラウンドの無限」 藤島 大

身が引き締まった。またも感動した。
いくら「信者」と呼ばれても構うもんか。そうさ、このコラムの筆者は「大西信者」なのさ。

3月25日から4月21日まで、早稲田大学の西早稲田キャンパス2号館企画展示室で、次のタイトルの展示が行われている。午前10時から午後5時まで。4月1日の入学式当日を除いて日曜は休館である。

「大西鐵之祐と早稲田ラグビー」

さっそく初日に訪ねると、さまざまな文献や写真からほとばしる熱に四方から襲われるような気がしてくる。「早稲田ラグビー」の部分も、もちろん重要であるが、やはり「ジャパン」こそが光を放つ。つまり「大西鐵之祐と日本ラグビー」でもあるのだ。

ちょうど30年ほど前の、近年でいうところの日本協会の「コーチ養成プログラム」のために記された青焼き資料プリントの小さな字の並びがまぶしい。

いきなり「ラグビーとは」で始まる。ここが凡庸な指導者とは違う。以下、引用部分は概略・省略を施してある。もっと時間の余裕のある時の再訪を誓ったため、メモを取らなかった。したがって言葉の並びは正確ではない。

『ラグビーとは肉体的行動でない。ラグビーは知性的行動である』
この断言の迫力よ。

『コーチングとは。愛情・信頼・対決』
対決。ここが大切なのだ。

『理論は自分の頭で考えよ』
これをできる指導者が何人いるだろう。大西鐵之祐さんの「安易な海外理論の模倣を拒む」態度は一貫していた。いっぽうで若きころより、船便で、海外の最新文献を取り寄せて研究に研究を重ねた。模倣できて、なお模倣を超越した独自性をきわめる。コーチングに限らず、およそ仕事における普遍の態度だと思う。

キックオフからの攻防。カウンターターアタックの研究。さらには、医療分野や心理操作(あがり防止など)の領域とコーチングとの連係についても言及している。選手の育った環境把握の重要性にも触れており「父母の職業」という字の並びが具体的だ。人間を、その人間の背景で判断してはならないが、背景を知っておくことはコーチとして大切なのだと思う。思考を止めるのが悪なので、思考のとっかかりにするのは指導能力の一部なのだろう。

1973年のジャパンの英仏遠征レビューの手書きメモもあった。
その遠征は、副団長という中途半端な立場で参加、もどかしさもあったはずだが、他人事のようなところは少しもなく「なぜ敗れたか」について刻み付けるように書き残している。

『モール・ラックについてはスクラムと同等の時間をかけて練習に取り組む』
当時の日本ではセットがはるかに重く見られていた。モール・ラックは「FWとBKを分けずに15人で練習すべし」という内容も記されている。

ジャパンに対する、いやそうでなくとも、コーチングのあらゆる対象への情熱、責任感が、名将を名将ならしめる最大の資質なのだと再確認できる。つまり大西鐵之祐さんは、名もない高校やラグビースクールを教えても、これと同じようなメモを残すだろう。残すはずだ。そこが名声を求めたり、選手を優勝させたいのでなく自分が優勝監督になりたい者(そういう人は確実に存在します)との差なのだ。

大西イズムに触れると、つい昨今のコーチは…とぼやきたくなるが、朗報は、日本協会の「W杯8強入りプロジェクト(ATQ)」責任者に上野裕一・競技力向上委員会副委員長が就任したことだろう。大学の研究者であり、なおグラウンドのコーチとしても力を発揮してきた。80年代後半の若き日、故・綿井永寿監督を補佐、日体大の(これまでのところ)最後の輝きを演出した。実質的に一からスタートした流通経済大学も着々と強化してきた。どうか、これまで横文字の組織図を描くだけで自己満足のように終わっていた試みに、猛然と「魂」をいれてほしい。

その上野氏が小松佳代子氏とともに手がけた論文を読む機会があった。
『モラル・エージェントとしてのラグビー ースポーツの教育的価値を考えるためにー』

19世紀後半のスコットランドの学校校長の言葉が引かれている。
「ラグビーという競技には、ある一定の、善意がなければならず、そうでなければすぐに競技ができなくなる」
「(フットボールについて)それがただ存在するだけでも、またそれが説く実践的教訓は、若い時期の純粋さについて書かれた全ての書物に匹敵する」

なにやら大西鐵之祐さんの「闘争の倫理」が思い浮かぶ。そして大西さんは「グラウンドの無限」を知っていた。そこは「全ての書物に匹敵する」人間理解のための宝庫だった。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

過去のコラム