コラム「友情と尊敬」

第79回「非・ジム・モンキーズ」 藤島 大

東京でのブレディスローカップのため来日のワラビーズ、その練習を間近に眺めて、あらためてプロフェッショナル時代の世界最高級選手の見事な体格が印象的だった。

腕の太さは古い劇画の怪物のようである。かつて白人系の選手は脚が細かったが、もうそれも昔話だ。太ももをこれでもかと筋肉の塊が覆っている。

マシンでのスクラム練習。8人が低く、1枚の板となり押す。押して押しまくる。ようやく解かれる。フロントローの息が、取り組み後のお相撲さんのインタビューのようにゼーゼーする。まあ、それは当然だ。ロックの息もはずむ。そしてフランカーとナンバー8の呼吸もおおいに乱れている。ゼーゼー、ゼーゼー。

個人的に「小さな選手の強さ」を信じている。小柄なフランカーの体格の劣勢を克服する過程に培われた能力にひかれる(九州電力の松本允!)。ただ、こんなスクラムのセッション、身長197㎝、体重107kgのフランカー、ロッキー・エルソムが、押して押して、また押して、顔を真っ赤にして息をゼーゼーさせるさまを目撃してしまうと、監督やコーチが「なるだけ大きな選手を」と考えるのも理解できる。

そもそもラグビーとは「あらゆる体格の選手に役割のある」スポーツのはずだ。身長2mのロック、1m60㎝のSHが同じ色のジャージィで楕円の球を追う。それこそは美徳であった。

しかし、プロ化が進み、強豪国では、ますます選手の「巨大化」は進みつつある。日本国内では花園の高校大会に長身ロックが見当たらぬように「小型化」の傾向もあるが、それはラグビー人気のかげりという深刻な問題の反映であって、国際的には骨格の大きさと筋肉のよろいは増すばかりだ。

ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズのチーム医師を務めたジェイムス・ロブソンさんがBBC放送の取材に語っている。

「選手たちはより大きく重くなっており、その分、ややスキルは減少している。ぜひコーチたちはそのことを認識してほしい。もう少し小さく、軽く、その分だけスキルを向上させるべきだ。そうすれば選手はぶつかるのではなくスペースを攻略するだろう」

これは医師という立場での発言である。現在のラグビーでは、筋肉怪獣がラックなどで相手に凄まじい勢いでヒットすることによる負傷が絶えない。もう少し技術優先のスポーツであるべきだという提言である。英国の各種報道を引くと、いわゆる「カウンター・ラック」での合法と非合法の境界については今後は厳しく反則をとる方向が趨勢のようである。

もちろんコーチとしては、より大きく、たくましく、なおスキルに富んだ選手を育てたいし、起用もしたい。ここのところは「限られた練習時間をどこに割くか」の問題である。

ライオンズとイングランドのロックを務めた巨漢、サイモン・ショーは「ジム・モンキーズ」という表現を用いて語っている。

「このままではジム・モンキーズばかりが生み出される危険性がある」(ガーディアン紙)

ジム・モンキーズ、念のため英語のできる友人に確かめたら「あまり頭を使わずにジムでバーベルばかり挙げている連中」というイメージである。

世界中のコーチは、もっぱら合理的な「システム」を導入する。システムとは「個人のスキル不足を補う」ための装置でもある。突出したスキルを必要としなくてよいような仕組みをつくり、その仕組みを完遂するための「体」を求める。

つまり限られた練習時間は「システムの習得」と「ジムでの筋肉増強」に割かれて、個人、あるいはユニットでのスキル向上は後回しとされる。体格のばらつきは許容されず、しだいに「大」の側へ収まりつつある。

これではつまらない。では、どうするか。結局のところは「個」が抵抗するほかはない。システムと筋肉怪獣へなだれを打てば、その先で差をつけるのは、かえって個人のスキルである。どの競技であろうとも、システムを破壊するのは個人技だ。ただし、それが「天才の出現」に頼ったのではおもしろくない。

ラグビーのスキルの多くは「身体能力とボール感覚」のみによりかからない。ときには鈍さ、遅さをも含む「個性」の出番は必ずある。地面のボールに頭から飛び込んですぐ起き上がったり、あからさまにタックルを受けながら味方をいかすようなプレーは「うまさ」ではくくれない。

ひとりひとりの選手よ、徹底的に、自分らしくあれ。自分らしさを磨こう。たとえば痛感と恐怖に鈍いのも才能なのだ。普通なら痛くてこわいのに私はヘッチャラ。これでシステムを壊すのである。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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