コラム「友情と尊敬」

第40回「パスで抜く」 藤島 大

ここに「パスの復権」を宣言したい。本当は、まだ早いのだけれど。
ともかく今シーズンの高校と大学の覇者は「パス」で勝った。勝因はほかにもたくさんある。でもパスでも勝った。

記憶に新しいほうで述べれば、大学王者・早稲田の決勝最後のトライ、そこにいたる2本のパス、特に後のほう。

ラインアウトからモールをしばらくドライブ。SH矢富勇毅が少しバランスを崩し、倒れかけてすぐ起きて、そこから外へ放る。これで関東学院の防御ラインの出足のタイミングがやや乱れたのは攻撃側とすれば幸運だったが、それにしてもそこからのパスは見応えがあった。

SO曽我部佳憲の長く速い1本、そこへフル速度で走り込んだCTB今村雄太はまるで勢いを落とさず、タックルに乗りにいくように前へ出て、いきなり手首をしならせて外へ。このパスは見事だった。物理的にスローフォワードではありえない。しかし経験に乏しいレフェリーだったら思わず笛を吹きそうな軌道を楕円の物体は描いた。空間へ伸び、そのまま人間が吸い込まれる。ラグビーのライン攻撃における理想のパスである。WTB首藤甲子郎が球を受ける、いや飛びつく(そんな感じだ)と瞬時にフリーになっている。独走。さらに幾つかパスはつながりトライラインを陥れた。

早稲田のパスは「長さ」が印象に残りがちだ。だが真価は「速さ」にある。手さばきの速さ、動作の素早さだけでなく、ボールが空中を動く速度そのもの。パスでディフェンスを振り切ってしまう。いわゆる「パスで切る」というやつだ。

トップリーグのチームに不満を感じるのは「パスで抜く思想」が皆無に等しいことだ。
シーズン序盤のサントリーは典型だった。順不同で小野澤ー栗原ー山下などなど個性に満ちた魅惑のランナーが揃っているのに、どうにもパスの速度や角度に変化は乏しく、なんというのか「ふわーっ」としたスピンのパスが一定のリズムで連続するだけ。あれほどのタレントが、みなボールを受けてから勝負していた。それでも、ひとりは抜いたりするのだから、パスの軌道をいかしてそれぞれが動いたら相手防御はお手上げに思われた。

サントリーは、たまたま目撃した一例に過ぎず、ほかのチームもたいがい同じだ。おおむね、ふわーっと中途半端に長いパスばかり。強力なアタックを用意していても結局は個人の突破力頼みだ。
東芝府中にしてもモールを軸に強烈なFWで崩してしまうので「パスで抜く」というよりは「長いパスで強いランナーが最後に仕留める」イメージだ。

早稲田のように長いパスでも高速で放る。あるいは短くて素早いパスをおりまぜる。バックスから先に仕掛けて崩す。そうすれば、もっと楽に抜けそうなのに。

高校覇者の伏見工業のパスは美しく、当然ながら早くて速く、巨漢ランナーの強引な突進よりも防御にとっての脅威だった。まさにパスで組み立て、パスで抜き、パスで仕留める。

ぴゆっ。短くて、とても速いパス。びゅっ。長くて速いパス。長短が交互のように繰り返されて、それだけで練り上げられているはずの現代防御システムに穴があいた。

SO文字隆也のバスさばきは、ほとんど優雅なようで、一転、残酷なほど相手の急所をえぐる。
なによりボールの受け方が非凡だ。すっと前へ出て、防御が向かってこなければ限りなく接近する。そうしておいて、ふいなように速いパスを繰り出す。

伏見工業のライン攻撃に懐かしさを覚えた古いファンもおられたはずだ。
かつての日本のラグビー、あえて述べれば、ジャパンのようでもあった。パス、パス、パス。その速いパスに意志が宿っている。パスの軌道から導かれた寸分の乱れもないサインプレーで、たとえばFB清島大地が走り込む。パン。パーン。パン。スパーン。そんな爽快なテンポも久しぶりだった。ちなみに再三の突破が観客席をわかせたFBの姓は「せいしま」と読む。いい選手だ。

ここに新しき運動を提唱したい。
「ジャン・ピエール・エリサルドに伏見工業の映像を送る会」。
そこには日本のラグビーの未来へのヒントがある。日本代表のフランス人監督は、この国のラグビーを理解するために、ぜひとも高校の好チームに目を配るべきだ。
さらには「長崎北陽台の映像」も送ろう。あのブルーのジャージィをまとった15人の転んですぐに起きる意識の高さは、絶対にジャパンの生きる道である。芝に根でも生えたみたいに足腰が丈夫で、ひたむきで、パニックにならぬ落ち着きを備えていた。ポジションの別なくハンドリングもうまい。伏見工業と同じように見る者に特別な感情を授けるチームだった。

つくづく新しい年からのジャパンもそうあってほしい。世界最速のパスで裏へ出て、なんべん倒し、倒されようとも、ただちに起き上がる。そんな連続だけでも感情移入はできる。パスで抜くトップリーグ強豪の出現も希望します。それから短いストレートパスの価値の見直しも。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

過去のコラム