第183回「大義ある戦い 広島熱闘編」
藤島 大
広島。土地の歴史がイメージを呼ぶ。この午後はこれ。
「いっぺんも旅のもんの風下に立ったことはないんで」
いいなあ。笠原和夫の脚本は。もちろん広島を舞台に実録をうたった映画、かの『仁義なき戦い 頂上作戦』における忘れがたきセリフである。アンダーグラウンドに生きる小林旭の一言。「旅のもん」とは遠方よりやってきた対抗勢力を示す。
先の5月30日。マツダスカイアクティブズ広島は、地元に日野レッドドルフィンズを迎えた。40-13。ディビジョン2への昇格を決めた。「旅のもんの風下」には立たなかった。
前節、敵地の東京で初戦に臨み、スクラムに劣勢、反則を重ねて(試合を通して19PK+1FK)17ー20で星を落とした。善戦とも解釈できる。ただし、こういう場合、上位カテゴリーの側が「手ごわい」との実感に基づき、しばしば次戦に向けて学習能力を発揮する。
しかし今回は「下」のほうがしかと学んだ。1週間後の第2戦、深い赤のジャージィはホストのスタジアムでセットプレーを修正してみせた。
背番号3の金山忠次は起用に応えた。本欄選定の当日の敢闘賞兼技能賞兼最優秀選手賞である。天理中学ー天理高校ー天理大学。原点は伝説の「やまのべラグビー教室」の25歳。やはり天理の地下には「スクラムの秘伝」が埋められている。
ディヴィジョン3では14勝1敗。唯一の黒星も優勝確定で大幅に出場者の調整をした結果なので、ほとんど無傷に近い。
シーズン途中。ある対戦相手のスタッフと別のチームの指導陣のひとりが同じことを言った。
「スカイアクティブズはメンバーが突出してよいわけではない。でも強い。きっとコーチングが優れているのだと思う」
昇格を手にした決戦では7人が先発、いわゆる海外出身の実力者の存在は大きい。
スコットランド生まれの5番、アンドリュー・デビッドソンは、モール阻止および推進、地面の球への働きかけの鋭さ、ゴール前での得点感覚などなど圧巻の働きを続けて、ディビジョン1決勝のMUFGスタジアム(国立競技場)に姿があってもまるで不思議のないほどだった。
オーストラリアA代表1ゲームの6番、ジャクソン・ピューの的を射た突破もなるほど頼りになった。
174㎝、92㎏の13番、こちらもオーストラリアからやってきたジェイコブ・アベルの「タックル無力化ラン」も実に効いた。
ただ、フランカーの芦田朋輝主将が、名古屋の名南工業高校ー愛知工業大学という道を歩んでここにいるように、無名も少なくないチームが厳然とまずあって、カタカナの名はそこにピタリとはまった。もれなくチームマン。だから世間では死語と化した「助っ人」どころか「補強」の印象すら薄い。
就任2シーズンで目標成就、ダミアン・カラウナHC(ヘッドコーチ)の力量はどうやら確かだ。広島での歓喜の直後の会見で言った。
「ベンチからインパクトを与えるプランがわれわれにはありました。キャプテンををよきところで投入してエネルギーを与えることも含まれていました。先発を外れるという決断を理解してくれたことは格別なことです。月曜日に伝えました。つらかったと思います」
問答をここから始める。本当のチームのあかしだ。マツダ丸の船長は後半10分に投入された。堂々の攻守。その芦田主将の信頼を寄せる指導者、カラウナHCについてのコメントがある。
「チームの文化から作ってくれて、チームが一つになって成長できていることを自分もすごく感じています」(リーグワン公式ページ)
これ、実は昨年度の入替戦(日本製鉄釜石シーウェイブスに2戦合計38-84で敗れる)を前にした発言だ。カルチャーは浸透、1年後に上々の芽をふいた。
先日のリーグワンのファイナル。覇者となれたコベルコ神戸スティーラーズの10番、李承信キャプテン(共同)も栄冠をつかんでのフラッシュのインタビューで話した。
「レンズ(デイブ・レニーHCの愛称)がきてから、スティーラーズがどんな存在なのかをあらためて見つめ直して、自分たちがどんな存在なのかを常に問い続けながらラグビーをしてきた」
文化を語っている。これからオールブラックスを率いるデイブ・レニー、スカイアクティブズを上のディビジョンへ導いたダミアン・カラウナ、ふたりのニュージーランド人のチーム構築の方法や意思はここに重なった。大きな視野(われわれは何者なのかを突き詰める=文化)があってスキルの細部は定まる。
ひたむきで激しいラグビーをするためには、ただラグビーをしてはならない。「広島でプレーする意義とは」。クラブの総意や個人の心情において、そのことを考え、言葉にする。マツダの先達の奮闘努力を想像してみる。さらには行動で示す。それが文化構築の第一歩だ。
故郷を遠く離れた「3部リーグ」に強国の選手が加わる。クラブの本当のカルチャーがなくたって、ひとりひとりは力を発揮するだろう。足し算で戦力のプラスにはなる。でも「束」にはならない。スカイアクティブズの海外勢の経験やスキルは日本列島育ちの同僚と肩を組み、太くうねるようだった。
入替戦を終えて、スタジアム外のテント、前述の広島のロック、デビッドソンは最後まで長身202㎝の背を折り、ファンに対応していた。そこにソファがあったらパタンと倒れておかしくないオールアウト(燃料からっぽ)に違いないのに。
「好きになりました」
居合わせた知人よりメールが届いた。日野レッドドルフィンズの深い愛好者である。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。