コラム「友情と尊敬」

第75回「書を持ち、家出て、土を蹴れ」 藤島 大

南半球のスーパー14、ニュージーランドのブルーズのWTBのレネ・レンジャーが、酒に酔って暴力事件に一部関与、かろうじて「シリアスな刑罰」こそ免れたがチームに謝罪、アルコール摂取についてのカウンセリングを受ける義務を課せられた。同じくブルーズのSHタニエラ・モアも過度の飲酒で制御をなくし、クラブハウスで、酒瓶を女性に投げつけて罰金を科せられた。

Jスポーツ解説のために下調べしていると、最近はこのたぐいの出来事が目につく。

ブルーズのパット・ラム監督は、一連の不祥事を、こう解説してみせた。

「これは、ひとつのチームやクラブの問題ではない。ニュージーランド社会の問題だ」

半分は正しい。スポーツ界に起こることの多くは一般社会の反映だ。仮に運動部のモラル低下が指摘されたとして、それは政界や司法・警察組織を含めて、えてして「運動部の外の世界」の倫理低下に比例している。

日本の各クラブの責任者も、おそらく部員の私生活の管理には悩み、また不祥事の発生をおそれているはずだ。近年の国内の出来事の始末を見ても「集団責任」の風潮は改まらず、組織防衛とあいまいな個人の責任がミックスされて、ひとりのあやまちはチームとクラブへそのままスライドされる。さぞや気は休まるまい。

若者はハメを外す。たまには外してよい。

筆者も、はるか昔の学生時代、シーズンオフに寮で酒を飲み、神聖なグラウンドで素っ裸になって仲間と騒いだりした。翌朝、嘔吐の跡を小鳥がついばんでいた。太陽は本当に黄色かった。

以前も同じことを書いたが、「本物の悪徳」と、たとえば「警察庁長官も青春時代にはおかしたかもしれぬ程度の悪事(未成年が大学祭の打ち上げで乾杯また乾杯)」を混同して、ただ合法か非合法かで線を引くような社会は息苦しい。

昔、早稲田大学ラグビー部にこんな伝説があった。戦後しばらくの猛者たちは、東伏見の寮へ戻る西武線の終電を逃すと、駅員さんを軽くオドカシテもう一本走らせた。

当時の先輩に確かめたらウソだった。

「そんなことできるか。ただ終電後の貨物列車に頼み込んで乗せてもらってたんだ」

これなら、そこはかとないユーモアの気配がある。しかし、せちがらい現在なら、この程度でも「大学ラグビー部員が貨物列車占拠」と指弾されるかもしれない。

いっぽうでは「また、俺、飲んでケンカしちゃったよ」の軽さ。もういっぽうでは「ほら大学1年のラグビー部員がビールに口つけた。見つけたぞ。警察へ通報だ」の狭量。どっちもイヤだ。

社会、その反映でもあるスポーツ界から「遊び・余白」や「あいまいな領域」が失われつつある。「あいまい」とは普通は否定的な言葉かもしれない。ただ人間は「あいまい」によって成長するような気もする。うまく書けないが、ラグビーを研究するなら、あまりラグビーの勉強に偏らず、むしろ他の分野の教養を身につけたほうがいいような感覚に近い。

大切なのは「個の自立」だと思う。

自分自身で、苦しみながらもラグビーを楽しむ道を選び、ただ単線のレールに乗るのでなく、複線から進路を選び取り、切り開く。そのうえで一定の時間はラグビーであればラグビーに打ち込み、たまに「ほどよいハメなら外す」。仲間同士、ラグビー論の衝突で殴り合うのもよいだろう。それが青春だ。

反対に、親や高校の監督から自立できぬまま単線を走る者ばかりになり、それだけにチームは「一滴も酒を飲むな」式、つまり「余白」を認めぬ管理にいそしむ。たとえば「自分の考えで大学を留年する」自由も許されず、そのことはクラブにとってマイナスだという発想へと結びつく。個として「ぎりぎりセーフ。ここからはアウト」がわからないから、たまに爆発して、酒場で見ず知らずの人間への暴力行為におよんだりする。

すべての若きラグビー部員よ。15歳を過ぎたら、家に暮らしても家を出よう。気持ちだけちは家出するのだ。それは、古今東西、若者の自然な欲求のはずだ。そして本を読め。インターネットをたぐって、ダイレクトに「正解」をさがすのでなく、図書館や書店の棚から自分の感受性を信じて一冊を引き抜く。すぐに答えは見つからない。外れの本もある。それでいいのだ。書物の世界には「ほどよい余白・あいまい」が漂っている。

ラグビーは「自立した個」が「集団の狂気」へ昇華される一瞬の連続であるべきなのだ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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