コラム「友情と尊敬」

第78回「よい秘密と悪い秘密」 藤島 大

ラグビーには秘密があっていい。むしろ、もっと秘密の領域が存在すべきだ。

元日本代表監督の故・大西鐵之祐さんのこういう発言を聞いたことがある。

「クラブにはクラブの秘密がある」

たとえば大西さんの母校の早稲田大学には独特の理論があった。その理論を完遂するために個別の技術のノウハウもある。

「それは過去の諸先輩が心血を注いでつくりあげたものだ。それを後進が勝手に公開してはいけない」

こう書くと誤解を招くが、大西鐵之祐さんはあまたの著書、技術解説書を世に出した。南アフリカのダニー・クレイブン理論と戦前からの早稲田の考え方の共通性に着目して、また刺激も受け、猛然と書き上げた、旺文社の『ラグビー』は、戦後の指導者の指針となった。つまり何もかも秘密というわけではない。

現実に「展開 接近 連続」理論は公開されている。不昧堂『スポーツ作戦講座 ラグビー』では、1971年の対イングランドに向けてジャパンの作戦構築、分析法などが詳細に記されている。それは大西監督のオリジナルであり、なにより日本代表という「公共物」についてだからだ。それとクラブの秘密は違う。

たとえば早稲田には昔から独特のスクラムのノウハウがある。それは世界のどこのやり方とも似ていなかった。慶応大学や明治大学もそうだ。京都産業大学もしかり。現在進行形でも、たとえば今季の慶応のラインアウトの組み立て・相手防御のかわし方は、発想と実践の緻密さにおいてトップリーグ上位よりもさらに上かもしれない。そこには防御ユニットの数の読み方や体の使い方、スロウインの技巧などなどクラブの秘密があるだろう。そのことをいちいち公開はしないはずだ。しなくてよい。考え方は明かしたとしても、実際のコツや秘訣はむしろ隠されるべきだ。

きっと全国各地の高校にも「よき秘密」は堆積している。それらは日本ラグビー進歩のための即効性からすれば明らかにされ集約されたほうがよいかもしれない。しかし、長い射程でとらえれば、列島のあちこちに漂う秘密がラグビー文化を熟成させ足腰を鍛えるような気がする。

大西鐵之祐さんは言った。

「なんでもかんでも技術書にして公開しろ、というのは教科書の発想だな。全国一律、同じ技術をやっとったらジャパンも弱くなるなんだ」

もちろん少年少女、初心者への普及・啓蒙には「教科書」も求められる。それぞれの選手やクラブには「一般的ノウハウ」を必要とする段階はある。繰り返すが、大西さんもそういう書を著してきた。それとは別に「クラブにはクラブの秘密がある」という話なのだ。秘密と秘密がぶつかり化学反応を起こし、またひとつ次の段階の技術は着想される。

さて、新しいシーズンの試合を幾つか追ったが、これといった秘密を感じる瞬間はいまのところまれだ。もっともっと各チームは「よそとは違う方法」を追求すべきである。

そしてジャパンは、最後の最後には「日本だけの秘密」を創造できなくては列強に挑む資格もない。指導者が、ふと見た高校や大学の試合に「クラブの秘密」の匂いを嗅ぎ取れるかが焦点だろう。

コーチングに秘密はあってよい。でもラグビーには秘密があってはならない分野がひとつある。レフェリングだ。ここにおいては一流のノウハウは徹底的に公開されるべきだ。なぜならレフェリーはレフェリーと戦うわけではない。世界中のレフェリーは「ひとつのチーム」に属している。自分の出世のために隠し事を持つのは人情だろうが、そんなの小さい小さい。レフェリングでは、すべての情報は共有されなくてはならない。もし海外で一級レフェリーの指導を受けたり国際試合の笛を吹いたら、そこで得たものは列島の隅々にまで100%公開されるべきなのである。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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