コラム「友情と尊敬」

第130回「言葉の命」 藤島 大

スーパーラグビーのハリケーンズの背番号9、TJペレナラは、いわば「恩師」ともいえるコーチ、ウェイン・スミスから以下の指導を受けた。

「タックルとディフェンスは同じではない」(stuff.co.nz)

このほどオールブラックスのアシスタント・コーチ退任を明かしたベテラン指導者は若きハーフにそう言った。「それがいかに私を成長させたか」という文脈の記事で例に挙げられた。その言葉を目にされて、コーチ経験のある読者は、きっと、こうつぶやくはずだ。

「私だって、いつも言っている」

自身もオールブラックスのSOであったスミスは、黒衣の後進にこうも繰り返した。

「アタックだけでなく、よきディフェンダーたれ」

みなさんは、また思う。

「私だって、いつも言っている」

そうなのだ。よきコーチ、たとえば世界一のオールブラックスの指導陣のひとりは、いつも、いつも市井のコーチには思いもつかない内容を考え、授けるわけではない。みんながわかっていることを世界最高級の選手たちに教える。それは、あなたがグラウンドで叫んでいる言葉と同じだ。いわく「ボールを持っていない時に頭のスイッチを切るな」。いわく「スクラムは8人でひとつ」。いわく「点でなく面」。いわく「足をかけ」。いわく「キャッチングはパスそのもの」。もう少し大きな視野なら、いわく「自分を信じて、自分たちの練習を信じて、そして仲間を信じろ」。いわく「お前ならできる。必ず」。いわく「人生はラグビーだけではない」。

ウェイン・スミスが「タックルとディフェンスは同じではない」と俊敏で強靭なハーフに教える。教わった者は「おかげで、いまの私がある」と感謝する。それは日本列島のどこかの町の中学の監督と教え子の関係にも重なるだろう。選手ひとりずつをよく見て、適切な瞬間に簡潔なラグビーの真理を伝える。よきコーチングは競技レベルを超えて同じだ。

TJペレナラは、ウェイン・スミスについて「彼は選手に厳し過ぎず、決して後ろ向きにならない」と語り、そのうえで「選手がよくなることを願い信じ、毎週毎週、ひとつ前の練習よりも進歩すると信じ、その通りにさせる」。

イトマンスイミングスクール元会長の名伯楽、奥田精一郎さんは、多くの五輪スイマーを育て、また名もなき一般会員の少年少女をよき社会人へと導いた。かつて筆者のインタビューに、よいコーチとそうでない者の見分け方を以下のたとえで教えてくれた。

「勉強が不得手そうな子どもさんがいる。ダメなコーチは気づかない。並のコーチは、あの子は勉強できないな、で終わる。いいコーチは、どうして勉強が嫌いなのか、でも賢いところもあるな、というふうに考えを進めていく。本当にいいコーチは、この子どもさんの勉強が不得手なところをいかして強くしてやろうと行動する」

この月は例年脱会者が多い。そんな統計ばかり気にするのも「並のコーチ」だ。「そんなもん銀行屋さんの発想やもの」。やめる子どもには「ひとりずつの理由がある」。ささいなシグナルを逃さず対処、加勢する。それが本当のコーチだ…。

ラグビーの名将、カーウィン・ジェイムスは、ウェールズ出身、46年前にブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズを率いてオールブラックスに勝ち越し、一躍、名をとどろかせた。スラネスリ―を率いての数々の実績にもかかわらず「代表選手はコーチだけが選ぶべき」という信念が、多数のセレクターの関与した当時は過激とされて、ウェールズ代表監督になれなかった。1983年、異国のホテルで孤独に53歳の生を終えている。のちに英国のラグビー専門誌に読者の追悼投稿が掲載された。なにしろ昔の話、バックナンバーも紛失してしまったので、記憶に頼って記す。

ある少年ラグビーのコーチがどこかの土地でキャンプをしていた。たまたま有名なカーウィン・ジェイムスが同じ宿にいたので「少しだけでも子どもたちを教えてください」と頼むと快諾してくれた。

「彼は最初の練習で全員の名前を覚えた。次の練習で全員の心をつかんだ。その次の練習でチームは彼のものになっていた」

愛情と観察、妥協なき態度によってのみ言葉は命を宿す。ありきたりのような内容がたちまち格別となる。ラグビーは激しい「武」の活動だからこそ最初と最後に「文」の出番は訪れる。これから選手が知ること、そして、これまでに知っていることを言語化する。そのあいだに技術と心身の鍛錬がある。どちらもコーチの務めである。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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