コラム「友情と尊敬」

第92回「ラスト1本の人生」 藤島 大

実際の重量よりズシリとくる。1年前に手にした本なのにページを繰ると、涙腺やら鼻の奥のほうの神経やらがしきりに緩んで、そこで止まってしまう。先日、3度目の読了、やはりラグビーを愛する読者に伝えたいと思った。

『ラスト一本永遠に』(タイムス住宅新聞社発行)

安座間良勝さんの著書である。沖縄の高校ラグビーの礎を築き、猛牛の情熱と芸術家の繊細さで、そこにいる少年とマネージャーの少女を牽引した。赴任校をかえながら花園9度出場の名将の「ヒストリー」。泣けて、また泣ける。

7年前に定年退職した安座間さんは、両親の移民先のテニアン島に生まれ、前原高校から琉球大学と進んだ。もともとの「本籍」は陸上競技であった。卒業後、読谷高校教諭となり、国体開催を控え、ラグビー競技の県内先駆者として指導者を買って出る。

「今振り返ってみても、ラグビー生活三十五年、よく頑張ったと自分でも思っている」

結末にそうある。こう言い切れる監督・コーチがどれほどいるだろうか。安座間監督の指導者生活は、まさに、みずからを初めてねぎらう簡潔な一言に値した。

何もないところから読谷高校に楕円の種、それも格別の情熱の種をまき、みずからが根ともなる。のちに読谷地区には、教え子たちを中心とする少年少女スクール、中学などを含む「ラグビーのコミュニティー」が誕生する。

石川高校に転ずると九州大会初勝利を挙げ、進学校のコザに移れば花園初勝利、九州大会初優勝、高校日本代表輩出など隆盛をなす。次の赴任先、宜野座高校でも一からチームをつくりあげ、全校在籍600人弱の小規模校の少ない部員ながら花園1回戦を突破している。「老兵」の使命を普及と思い定めた中部工業高校(現・美来工科高)、最後の奉職先である具志川高校においても確かな人材を育て上げた。

安座間ラグビーの神髄は、全国大会での活躍のみならず、不利を予想される県内の予選をしぶとく勝ち抜くところだった。根底には「ラスト一本永遠に」と教え子たちが人生の指針とする思考と態度があった。ランパスやタックル練習の「ラスト一本」を大切に、激しく、厳しく、走り切り、倒し切る。わずかでも気を緩めたらアゲインだ。その緊張の繰り返しが、県大会決勝になったら不思議と負けないチーム力を培った。

「優勝は最も感動を呼ぶ教育となる」

おそるべき熱量と創意工夫があった。ほぼ休日はなし。自分の結婚の「親同士の顔合わせ会」の約束を忘れ、グラウンドに正装の身内が迎えにきたこともある。選手のタックルを腿に座布団を巻きつけながら何十回も受けた。内出血で足腰は真っ黒だった。体をぶつけて両耳の鼓膜が破れ、せっかく手術と2カ月の入院で聴力を取り戻したのに、またスクラムの台になって破裂した。

「複雑な心境だった。聴力を取り戻して喜んでいた半面、ボールが耳に当たって壊れることを恐れ、グラウンドに入れない自分に苛立ちを感じていたからだ。だから(略)むしろさっぱりした事を覚えている」

手づくりのスクラムマシンを情報なしにこしらえ(それは後年、市販化されたものとそっくりの形状であった)、バーベルより操作の難しい石を持ち上げさせ、向かってくる自動車を相手にモールを押し、氷水につけたかじかむ手でパスの訓練をした。ルールを深く学び、他県へ出向いては謙虚に教わり、そうした勉強の成果を理屈を超越した猛練習へと結びつけた。

安座間イズムの根幹をなすのは次の一言だと思う。

「人間は自分が思っている以上の強さを秘めている」

負傷や事故のリスクには細かな配慮をしながらも「厳しい練習を強いてきた」のは人間の強靭さへの信頼があったからだ。心についても同じだろう。だから、どの高校からも各分野に人が育った。個性と能力をラグビーを通して引き出せた。

たとえば、中部工業のSH具志堅崇は、全国詩歌コンクールで俳句の最優秀賞を受けた。

‐‐梯梧よ咲けB52はもうこない‐‐

デイゴ、沖縄の花である。嘉手納飛行場の爆音を聞きながら詠んだそうだ。

教え子たちの寄稿がある。石川高校の卒業生がこんな内容を書いている。自分たちが3年の春、安座間監督はコザ高校へ転任してしまった。その年の県総体決勝、それまで負けたことのなかったコザと引き分け、抽選に泣いた。

いまや敵将となった先生に言われた。

「いいか、勝負の世界は厳しいんだぞ」

そして、その人、コザ高校の安座間監督は選手による胴上げを拒んだ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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