コラム「友情と尊敬」

第63回「北陽台とサンゴリアス」 藤島 大

まだ長崎北陽台のことを考えている。サントリーサンゴリアスの「ファイナルラグビー」を見たからだ。九州の公立校と東京のトップリーグ覇者には似たところがあった。

それをサントリーの清宮克幸監督は「ファイナルラグビー」と命名したわけだが、つまり「決勝のラグビー」とは、大一番の必勝の心構えということだろう。花園における長崎北陽台の複数の選手の密着した執拗なサイド攻撃を思い出す。あれはファイナルのラグビーだった。

表面を切り取れば「時間をつぶす」。じりじりと自分たちの得意な部分、長崎北陽台の場合ならFWの結束と推進力を行使して、相手のしたいことはさせない。つまり「自分たちの強みを前面に打ちたて、相手の強みを消し去る」。その一点において、体格も経験も、だいいちカテゴリーも違う両者は重なる。

サントリーの三洋電機ワイルドナイツとのファイナル。ラインアウトとモールこそは核心だった。そこについては圧倒的なほど優勢なのだ。サントリーのリーグを通した強み、数字にも示される優位性とは、ラインアウトの自軍投入の獲得率と相手投入時の奪取率である。だから突風に近いコンディションの風下にも陣地を押し込まれない。

そしてモール。ゆっくり前へ進めるから時間はつぶれる。三洋電機の強みとは、面の崩れぬディフェンス、タックルの大好きな複数の個性、それからホラニ龍コリニアシという頼れるナンバー8の日本国籍取得によって「外国選手」3人(アジア枠を含めれば4人)が同時に芝の上に立てることで倍加されるターンオーバーからのカウンター攻撃である。サントリーは、切り返し合戦に付き合うのを拒んだ。

スクラムこそ2カ月前のリーグ戦での対戦時ほどは押し切れなかったが、セットプレーの安定があるから心理的な余裕を保てる。じっくりモールを押し、スローにスローにボールをキープし続けて、ことに風下の前半、逆転してからの後半終盤は、まさに時間をつぶした。

試合後、会見で優勝監督に質問が飛んだ。勝ちたいというこだわりからモールに徹したのか?

清宮監督は例の口調で即答した。

「いえいえ。三洋さんのモールが弱かったからです。サントリーがモールを多用しても三洋はモールのディフェンスに人が入ってこない(人数をかけない)。きょうもそうでした。だからモールの多い試合になる。もっと人が入ればバックスへ回します」

半分は真理である。確かにサントリーは、昨シーズン、東芝の無敵のモールに真っ向から挑みかかった。ただし監督ほどは勝ち慣れていない選手たちが、どうしても勝ちたいから、やや極端にゲームのプランを実行したという側面もあったと思う。

いずれにせよサントリーはファイナルラグビーを遂行した。三洋の連続攻撃の迫力、防御での活力は称賛されるべきだ。ただし「決勝必勝」の焦点の絞り方はサントリーが簡潔で明快だった。

先日、『ラグビークリニック』誌の取材のために長崎北陽台高校を訪ねる機会を得られた。

松尾邦彦監督をサポートする浦敏明コーチ(元監督)がこんなことを話してくれた。強固なパックによるラックとモールの結束からの前進、その繰り返しによって勝利をもたらす試合運びについて。

「あの方法は徹底して教え込みました。何百回も反復してきた。でも、あれで時間を費やせとは指示してません。あれは生徒たちが、こうしたほうが勝てると自分たちで判断したんです」

長崎北陽台の本当の強さをあらためて確かめられた。先の花園でノーシードから準決勝進出チームの全部員数は「32」に過ぎなかった。一定の学業成績を収めた者で2人までしか推薦入学制度ははない。それでも、あれほどのラグビーができるのは、基本に徹し、限られた条件にあっても厳しく仕込まれ、そして最後は選手が自分の頭で考えるからだ。

ちなみに浦元監督は「進学校」という表現を嫌う。あくまでも「普通高校」だ。

「進学校なんて教員が胸を張ったらおかしい。生徒が勉強をよくしただけの話」

いい言葉だなあ。

長崎北陽台のスタイルはFW偏重ではない。その昔から、浦元監督は「ステップを踏んで抜きにいけ」と部員たちに教えてきた。そして切り札のFBが負傷したこともあって、いよいよ大勝負、選手があの戦法を貫くと決めた。

サントリーも極度に偏りのあるチームではない。スクラム、ラインアウトを大切に考える。実は、それは挑戦者の生命線でもある。そのうえでラグビーの理屈を求めてボールを動かす。ファイナルでは動かさなかったのは、それだけ三洋電機のディフェンス力と個々の爆発力を認めたからだろう。ここから先、あえて書くなら、長崎北陽台がそうしたように、優れた選手たちの応用と判断の出番はやってくる。

応用力が型のありがたみを気づかせ、型があるから応用もあり、定型あれば飛躍もまたある。ファイナルのラグビーとは、実は、始まりでもあるのだ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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