第181回「目標は田中勇成」
藤島 大
でかくなりたい。幼いころ、体格について、そう望むのは人情だ。でも、みんなが等しく、すいすいと背丈が伸びたら、世に大きなヒトはいなくなる。全員、普通になっちゃう。
身長199㎝と165㎝の選手がともにチームを形成する。ラグビーの美徳である。ちなみにこれ、日本国内でなく、ニュージーランド代表のオールブラックスの例である。
本年1月16日に74歳で死去、かつて黒一色のジャージィをまとい、56試合(うちテストマッチが15戦)に出場の名ウイング、グラント・バティーの現役時のサイズは「165㎝・70㎏」であった。体重を「65㎏」とする記事も散見される。
最後の国際マッチ、1977年6月18日のブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ戦(16-12の勝利)のラインアップをいま確かめたら、ロックのアンディー・ヘイデンは「199㎝・112㎏」。ふたりは互いを絶対に必要としていた。
ニュージーランド協会の最高経営責任者、スティーブ・ランカスターのバティ―追悼の公式コメントにこうあった。
「彼は観客をいきいきとさせた。自分よりも大きな相手にまったくひるむところはなく、しばしば打ち負かす勇敢さをみんなが愛した」
ラグビー王国のファンもまた「小よく大を制しうる」が好きなのだ。そして日本列島の楕円の愛好者はもっとそのことをラブしている。
2025年暮れ。12月発売のラグビーマガジンに恒例の「全国高校ガイド」が付された。出場校の名簿にそれぞれの「目標とする選手名」欄がある。
ワールドクラスの海外勢、ジャパンの主力級、リーグワンの人気者、ふいに飛び出る「イチロー」や「大谷翔平」に伍し、ひとりの大学生の名がポツポツとまざる。
田中勇成。ほどなく卒業となる早稲田大学教育学部の4年生である。7番のフランカーを務めた。全国選手権決勝の公式記録の身長は「166㎝」。パンパンに筋肉の層を積んだ体重が「88㎏」だ。ちなみに対戦校の明治大学の同じ背番号、大川虎拓郎より20㎝も背が低かった。
北は北海道・江別の立命館慶祥高校から南は熊本県熊本市の九州学院高校まで、細かな活字に老眼を寄せて(したがって漏れもあるかも)指でなぞれば、その数は計9校の11名におよんだ。
興味深いのは、そのうちの10人までが身長165㎝と172㎝のあいだのFW第3列という事実だ。電卓で平均を割り出すと、ちょうど「170㎝」。唯一、本人の母校、早稲田実業学校高等部の久我龍之介は181㎝に届いている。試しに、この1年生ロックを抜きにキーをたたきなおしたら「169㎝」に収まった。
早稲田実業の3人を除き、國學院栃木高校や東海大学付属大阪仰星高校などなど、どこもひとりずつ。つまり部内で気を吐き、狭き枠を突破、花園メンバーに手をかけた少数派たる「小さなフランカー・ナンバー8」のまさに目標となっていた。
岡山県代表の倉敷高校のナンバー8、コンウェイ・リード共同主将も「田中派」である。父はオーストラリア出身、自身もゴールドコーストで育った。よって最初は珍しく巨漢による支持かと考えたものの、確認の結果、やはり「170㎝・90㎏」の短躯にしてタンクのフォルムなのだった。
東海大仰星の2年生フランカー、170㎝の石原瑠聖の全国ガイドの「得意とするプレー」には「しつこいタックル」の文字が。「田中勇成(早大)」とアンケート用紙に書くのは、ほとんど自動的であったと思われる。
以下、田中勇成論を。もちろん、活力旺盛な連続タックル、コンタクト状況のスモールな空間において示される瞬発力の印象は濃い。ただ、放送席や記者席より赤黒ジャージィの背番号7を凝視すると、ファイターであってファイターにとどまらず、むしろ冷静な統率者としての働きぶりがチームに欠かせなかった。
防御のほころびに我が身で蓋をする。仲間に穴を埋めよと伝える。前線で泥にまみれつつ頭脳は後方の指令室とも離れない。ここに真価はあった。高校ではおもにセンター、大学に進んでフランカーへ転じた。だからポジションおよびポジショニングの機微を想像できる。「つながる」が言葉だけで上滑りせず身体化されている。
リーグワンの浦安D-Rocksへの入団も、そこを評価された、と、これは「小にしてビッグな舞台へ」の解のつもりの仮説である。
仮に来シーズンの対トヨタヴェルブリッツのスクラム。浦安の田中勇成が片側の肩でサイドを押す。向き合うのは長身2mの地球規模の名士、スプリングボクスのピーターステフ・デュトイ。腕利きのスポーツ写真家がレンズを向けたら語り草のポスターとなるだろう。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。