コラム「友情と尊敬」

第8回「アイルランドはアイルランドだった」 藤島 大

 古びた柱と屋根、この土地の人々の愛してやまぬ飲料の広告看板、もはや稀少な立ち見の席、冷たい風に雨。そしてキックとラインアウトだらけのラグビー。

 3月8日、ダブリン、6ヶ国対抗の大一番、地元アイルランドとフランスの激突には、昔ながらの懐かしさが漂った。Jスカイスポーツの東京のスタジオで解説をしたが、音声と画像の迫力のおかげで、その場にいるような幸福な気分にさせられた。

 会場のランズダウンロード競技場は、1878年、開場。いわゆる「テスト・グラウンド」(テストマッチを行うスタジアム)としては世界最古の歴史を誇る。

 トゥイッケナム、マレイフィールド、カーディフ旧アームズ・パークなどが次々とモダンなスタジアムに改装されても、ここだけは変わらない。

 空もスタジアムも重々しい。黒ビール「ギネス」の文字はこれでもかと張りめぐらされ、「テラス」と呼ばれる立ち席を老若男女が埋め尽くす。ラインアウトの投入者やスクラムハーフが耳に手を当てる光景もおなじみだ。そうしないとコールが聞こえない。

 15-12。アイルランド。
 アイルランドの得点はすべてPGとDG、歴史的には「しばしば、きらびやかなトライで上回りながら、つまらぬ反則で自滅してきた」はずのフランスは、なんとトライをひとつも記録できなかった。ダブリンの流儀に巻き込まれたのだ。

 タッチキック、グラバーキック、ギャリーオウエン。最後のはハイパントを表すラグビーの古語だ。その昔、アイルランドのギャリーオウエンというクラブが、その戦法を得意としたことから定着した。

 ギャリーオウエン、球を競り合う。どうしてか、それはアイルランドの側に転がり、こぼれ、緑のジャージィの怒涛の前進が始まる。ラグビーの原風景のひとつである。

 ことしの6カ国対抗、アイルランドはスコットランドとイタリアから計8トライを奪い、すべてをバックスが挙げた。CTBには世界最高ともうたわれるブライアン・オドリスコルがいる。もう「かつてのように闘争心いっぺんとう」ではない。モダンなスタイルを身につけた。そうした評価もあった。

 しかし、いざ決闘。アイルランドはアイルランドだった。
 愚直にキックを敵陣へ蹴りこみ、そのラインアウトをフランスが確保しても気に留めない。これまた愚直にチャージを仕掛け、体をぶつけ、「混沌」を誘う。

 先日、サッカー元日本代表監督の岡田武史さん(横浜F・マリノス監督)とアイルランド談義になった。もちろんサッカーのほうである。こちらも、ひたむきに球を追いかけ、なんとか奪うや、少しも迷わず、決まった手順で前線へ放り込む。まことに簡潔である。

 「あんなに単純な戦法でも、全員が信じて、共通のピクチャーを描けていれば通用する。必ずこうする、だから自分はここに動こう…と」

 この午後のラグビー代表もまったく同じだった。
 なるほど南半球の大スペクタクル、スーパー12に比べれば、旧式だ。退屈と感じるファンもいるかもしれない。

 しかし、ラグビーに絶対はない。「蹴ってばかり」も、ひとつのキック、チェイス、タックルにハートがこもっていれば感動を呼ぶ。つくづくラグビーとは「意志」を試すスポーツである。

 オドリスコルはキャプテンを務めた。自分のような素敵なランナーがいるのに、おおむねオープン攻撃を封印してみせた。
 そして、まるで、いつかのジャパンのように素早い出足と低い構えからのタックルをひたひたと続けた。

 アイルランドに酔いしれ、またもやジャパンを考えてしまう。
 変えてはならない何か。日本のラグビーの普遍の価値。それを列島のすべてのラグビー人に知らしめるような戦いをしてほしい。

 花園の高校大会では、うわべだけスーパー12をまねたような高いタックルだらけだった。
 地方予選の強豪ほど、もっと強豪と当たると、とたんに無力化する。「弱い者いじめ」のスタイルが染みついているからだ。

 以下、いささかの暴論を承知で書く。

 この国に生まれたラグビー選手は、いちどは地を這うようなタックルを身につけるべきだ。高校や大学の指導者は、仮に、自分のチームの才能と戦力が潤沢で、当面の必要がなくても、厳しく前へ出て、低く激しく突き刺さるタックルを教え込もう。

 そうでなくては、ジャパンがジャパンでなくなってしまう。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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