コラム「友情と尊敬」

第129回「あなたの春」 藤島 大

ラグビーの監督やコーチは「グラウンド」および「その周辺」では「最高によき人」であるべきだ。情熱にあふれ、公正で、弱者に目を配り、才能を見逃さず、競技の構造を常に考え、情報を集め、たいがいの試合に勝ち、ちょっぴりユーモアもある。そんな人でコーチはありたい。なぜなら監督やコーチは部員の能力を評価、たとえば大切な公式戦に出るか出ないかを決めるからだ。青春の命運を左右する。よき人であることは条件だと思う。

ただし選手にとって監督やコーチが一生にわたり「よき人」であることは難しい。私生活にあっては異なる顔を見せるのは仕方がない。人々に笑いをもたらすコメディアンも家庭では気難しくて無口。それも人間だ。そうであってもグラウンドの上、ミーティング部屋の中、大会へ向かバスの席では優しく強く威張らず賢く生きる。先輩たちも年次を経た分、そんな域に近づいていたい。

春。あなたは学校のラグビー部に入る。そこには優しくて強くて威張らなくて賢い監督やコーチや先輩だけが肩を並べている。両手を広げて迎えてくれる。そうだろうか。たぶん違う。そんなに甘くはない。新入部員諸君よ、最高によき人ばかりがそこにはいるはずはない。あたりまえだ。自分と気の合う人、合わぬ人、温厚な者、苛立つ者、長いものに巻かれぬ人間、つい弱きをくじいてしまう人間、さまざまな性格がこんがらがる。それがクラブというものだ。

だからラグビー部に入ったら、ここはどういうところなのか、この人たちは何者なのか、ばかりを考えないほうがよい。それよりも「自分はどうしたいのか」を優先する。それは「自分はどうなりたいのか」ともつながる。

自分はうまくなりたい。いや、うまくなる。どのように? 自分の頭で考える。スポーツとは考える習慣でもある。正しい方法を反復する。ラグビーのクラブがよいのは、個人競技ではないので、そのこと、一例でキックならキックが「いちばんうまい人」は必ずその集団に存在する。蹴り方を観察してみる。どのようにボールに指をそえて、どの角度に落として、軸足はどこに置いて、ひざから下をどう振り抜くのか。そう書くと、あたりまえのようだが、本当の本当に目を凝らす者は少ない。みんな、なんとなく見るだけだ。技術はなんとなくは身につかない。ひとまず「なんとなく」は敵だ。

もし身近に、そこまで上手な人がいなければ、体育教官室か職員室の監督の机に『ラグビークリニック』(ベースボール・マガジン社)という雑誌がきっとある。つい最近、発刊を終了したが、過去に何十冊も世に出て、日本国内、ときには世界のレベルで上手な選手が、私はこうして蹴り方を覚えました、こんなふうに練習します、と写真や言葉で説明している。盗め、とは言いません。盗む気持ちで借りて熟読すればいい。もしそこになかったら自分でさがす。自分がこうなりたいから自分で行動する。自分の手でつかむ。そのことを「生きる」と呼ぶ。一冊の参考書を求めて粘りに粘る。悪くない生き方だ。

飛び込んでみたラグビー部が、まったく練習の休日がなかったり、学業をまるでおろそかにしたり、人間の尊厳(人間が人間らしくあること)を否定する、と感じたら、まわりの大人に相談してみて、また自分自身で悩み抜き、このままでは不幸になると確信したのであれば退部すればよい。ただし「楽しさ」とは「いついかなる瞬間も楽しい」ということとは異なる。そこは気をつけなくてはならない。「快さ」はたいがい達成感の手前にある。険しい山に登る途中は苦しい。穏やかな稜線を進むのは快い。頂上の体験は「楽しさ」を必要とせぬ喜びである。

最後に。高校、大学、草の根クラブの部員であった歳月、また10年以上の個人的なコーチ経験から、いま、あなたの目の前にあるラグビー部に「よくない人」ばかりひしめいているなんてことはない。絶対に。心安らかに部室の門をノックしよう。ときに心乱れ、だから心鍛えられ、やがて心穏やかとさせてくれる時間が待っている。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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