コラム「友情と尊敬」

第20回「挑みかかる」 藤島 大

挑む。なんとなく、この言葉が好きだ。挑戦。これでは迫力が足らない気がする。
挑む。挑みかかる。強大な標的に勇気と知恵を絞って襲いかかる。そんなイメージ。
スポーツの醍醐味と勝手に信じている。

だから、たとえば3月13日の日本選手権準決勝、東芝府中-ヤマハを観戦して、試合直後、どこか不完全燃焼のもどかしさに襲われた。すっきりしないのだ。

ヤマハは12ー33で敗れた。2月8日のマイクロソフトカップ1回戦での同じ顔合わせでは、やはりヤマハは10ー39と屈している。どちらも東芝府中の強力なモールが勝負を大きく隔てた。

約1ヶ月後の再戦、ここで「挑む者」の心意気と知性が問われるはずではないか。
そうはならなかった。ヤマハは挑まなかった。がっぷりと互角に渡り合おうとした。それは全国大会で初めて4強へ進出できた伸び盛りのクラブの誇りなのかもしれなかった。

しかし、怒涛のモールを封じる工夫に欠け、東芝府中の身上のひとつである勢いのついたライン攻撃を阻止する特別な方策もなかった。もちろんヤマハがだらしなかったのではない。あくまでも、いつものように力を発揮しようとした。外への展開で観客を何度かわかせた。後半はゴール前のモールをしのぐ場面もあった。ひどくはない。ただ普通だった。みんな体を張っているのに淡々として映った。

モールを崩す。崩すと反則だから合法的に乱す。たとえばレスリングの選手に上体の密着法を習う(アマレスの力の使い方はラグビーに通じる)。高校なら柔道部の「博士」(たいがい、ひとりはそういうタイプがいるものだ)を練習に招いて、身体のバランスについて学ぶ。数年前、慶應大学のFWが明治大学のゴール前のモールに対して、うまく相手の太ももに体をつけて阻んだ。「工夫してるな」とうれしくなった記憶がある。

ラインに勢いを与えない。仮説を立てる。どこが蛇口なのか。そこの栓を締める。個人的には、東芝府中のライン攻撃のキーを握るのはハーフ団だと信じる。しばしば試合中にポジションを移動させるから、SHとSOの位置の人間とするべきか。ともかく「そこ」へ極度のプレスをかける。パスの角度と長さが制限されて、案外、効くと思うのだけれど(薫田監督には鼻で笑われそうだが)。

大学のコーチ時代、98年度の日本選手権で社会人覇者のトヨタと当たった。相手の両プロップは日本代表経験者、こちらは大学レベルでも軽量である。スクラムをどうしのぐか。専門コーチにはアイデアがあった。組む前にそーっと近寄る。できるだけ距離をあけない。そして「ふわっと」組む。しかし、ただ弱々しくではなく、組んだ瞬間、パックを固めて低く沈み、ただちにフッキングしてしまう。実は、1968年の日本代表のニュージーランド遠征で用いられた方法である。2週間、特訓を重ねると実戦で通用した。ある新聞は「トヨタが手加減した」という内容を書いたが、フランカーの選手は、うまく押せずに苛立つ社会人の声を聞いていた。最後にスコアは開いたが、後半開始すぐまでは食い下がれた。

以上の例はそれこそ「奇策」だろうか。違うと思う。ひとつは普段から鋭く激しく当たる訓練が施されている。その上での選択だ。もうひとつ、スポーツの歴史とは、どこか無限の未来へと漠然と連なるのでなく、その瞬間、その瞬間の「最善」の積み重ねなのだ。お互いに力を発揮するばかりでなく、発揮させない、あるいは発揮できない妙味もまた勝負には含まれる。

ただし前提がある。「言い訳」と結びつけないことだ。
旧知のニュージーランド人は、かつて日本の国立大学に留学、ラグビー部の門を叩き、強豪校と戦った。惨敗を喫した。なにより衝撃を覚えたのは最初からチームの仲間が「1トライをとろう」と声を掛け合っていることだった。「同じ大学生なのに信じられない」。そういう自己否定的な態度で「工夫」を試みても、二流のサーカスで終わる。
スリムな機会にも勝利を追い求める。勝負から逃げない。「挑む」ための条件である。当然、番狂わせは簡単でない。それでも、そこにいたる過程がクラブの伝統を築き、観客席にいくばくかの感激を与える。

おのれが挑む側か決めるのもおのれだ。さて、ヤマハはどうだったのか。サックスブルーの勇士たちの奮闘に敬意を払いつつ「1ヶ月で30点」を引っくり返す創造を楽しみたかった。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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