コラム「友情と尊敬」

第101回「もう子供ではない」 藤島 大

敗者の季節である。高校ラグビーの花園予選、すでに悔しい青春があちこちにあった。

昨今、「よき敗者」がやけに強調される。五輪の女子サッカー日本代表の決勝で敗れて、なお明朗にふるまう様子は日本国内で高く評価された。しかし、真剣にスポーツとその勝負に取り組んできた者には徹底的に悔しがる資格があるとも思う。試合後の「よき、ふるまい」はむしろ勝者のほうに問われるのだ。

このごろ大学ラグビーの「高校化」が目につく。終了の笛が鳴ると、スタンドに一列に並んであいさつしたりする。キャプテンやバイスキャプテンがすぐに相手の監督のところへ小走りに近づいて頭を下げる。個人的には違和感を覚える。まるで高校生や中学生みたいだ。

試合終了直後、負けた側の選手はその場で芝にひざをついて、呆然とし、少し気を取り直したら、さっさっとロッカー室へ戻り、そこで泣いたり、わめいたり、敗北の痛みに耐えればよい。勝ったほうは、敗者にすぐに声をかけるような「野暮」は避けて、こちらも、まっしぐらにロッカー室へ向かい、そこで、自分らしく、自分たちらしく喜べばいい。あいさつなんて、せっかく用意されているアフターマッチファンクションで、相手チームの監督やキャプテンのそばへ静かに近づき「ありがとうございます」と言えばいいだけだ。それがラグビーの文化ではないか。

こういう主題で書くと、トシをとったなあとからかわれそうだが、どこかのチームということでなく、全般に顕著な「大学の高校化」は、試合中の判断、自立にも影響をおよぼしている気がしてならない。

敵陣でモールを押す。チームとしてそこからオープン攻撃のパターンがあるとする。でもモールの真横がガラあきなら、ショートサイド側のウイングとハーフが目と目で合図してズドーンと突けばよい。ピンチ脱出のチームの方法と方針があり、仮にそれがキックで確実にタッチを切るのだとして、しかし、いきなり横殴りの突風が吹き始めたら、リーダーの判断で別の手を打つ。言葉にすると当たり前みたいだが、実際、決め事にとらわれる例は少なくない。

人間は、あとから振り返れば深刻ではないが、その瞬間には重大と感じる「失敗」や「試練」をそのつど体験しながら成長する。

遊園地へ家族で行くのに、自宅の門から自家用車に乗れば、行きも帰りもあまり嫌なことは起きない。しかし電車を用いると、座りたいのに座れない、酒の匂いのする見知らぬおじさんから話しかけられてどうしていいかわからない…というような試練に遭遇する。つらい時間を過ごすと、楽しみが待っていて、楽しみのあとにはつらいこともある。

監督やコーチが「あらかじめの正解」を導き、教え、その通りに試合することを強いる。それはクルマで遊園地へ向かうのと同じだ。もちろんチームの方針、必勝の理論は、指導者によって構築され、選手は信じて戦わなくては勝てない。ことに戦力に劣る側は「一本調子」なくらい徹底した戦法を貫かないと、そもそもリングに立てない。

「戦法に絶対はない。だが絶対を信じない者は敗北する」(大西鐵之祐)

この名言は勝負論の核心である。

そのことと「選手の判断力養成」は衝突しない。レギュラーのメンバーを決定する権利を行使する以上、すなわち青春の命運を託されている以上、監督やコーチは自身の能力のすべてを振り絞って「絶対」を授けるべきだ。しかし、いざ試合が始まれば、「絶対」があるからこそ、その基準に照らして、現実にうまく運んでいること、そうでないことがはっきりとわかる。そうなったら、その場で選手が判断する。

最初から「自分たちの判断なのだから間違えても構わない」と宣言すると、失敗の重みが薄れてしまう。「この戦法でいけ。必ず勝てる」という厳格をあくまでも譲らず、なお、ゲームリーダーやプレーメーカーにはそのつどの判断を求める。すると練習試合での失敗も重い試練と受け止められる。「あとから振り返れば深刻ではないが、その瞬間には重大と感じる」。この経験があって「判断力」は磨かれる。

前提は簡潔である。選手を信じる。指導者は「自分が学生時代にできたことは、いまの教え子にもできる」と肯定する。もう子供ではないのだ。それが、決め事を貫きながら、眼前の事態に自分の頭で対応するチームを生むのである。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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