コラム「友情と尊敬」

第85回「闘争的反戦思想」 藤島 大

夏。ラグビーのことを考える。「戦争をしないためのラグビー」のことを。

この季節、NHKなどで前の戦争についての特別番組が放送される。いつも同じ感想を抱くのだが、簡単に述べると、日本人は「空気を読むと戦争する」。戦争を始めるし、戦争をやめられなくなる。体面の保持と同調圧力により、ひとつの方向になだれを打つ。

日本は「なぜ」戦争を選んだのか。その領域の誠実な研究者である東京大学・加藤陽子教授の著書を読めば、戦争遂行の論理は、どこかで「国民の心ががらりと変わる瞬間」を必要とする。その「瞬間」より手前で、なかば直感的、本能的に「待てよ」と歯止めをかける人間がいなくては、戦争は避けられない。

そのためにラグビーをするのだ。

以下、元日本代表監督でスポーツ社会学者の故・大西鐵之祐さんの「闘争の倫理」のダイジェストでの紹介である。過去にも何度か書いたが、ここに若く新しき読者もおられると信じて、繰り返したい。

「闘争の倫理」は「闘争と倫理」ではない。ここが大切だ。

真剣勝負のラグビーという闘争「の」渦中に求められる倫理。そのことを実感した者が「世の中がおかしくなりかけた時に、ちょっと待てよと行動できる」。ラグビーに没頭した人々が社会において「セル(細胞)」となり、ネットワークを構築して、「ボート(投票集団)」を形成、この国を戦争へ導く勢力と対峙していくのだ。

それが大西鐵之祐さんが最後まで唱えたことだ。

「戦争をしないためにラグビーをするんだよ」

この一言には、やはり故人の元日本代表監督、宿澤広朗さんも「あそこが大西さんの理論の核心だ」といつも共鳴していた。

闘争の倫理とは。

ラグビーの試合中、対戦相手のエースをめがけてパントを上げて、なだれこみ、倒し、ボールがそこにあれば合法的に相手の頭めがけて突っ込むことはできる。しかし、その時、思わず、力を少し緩めている。「合法(ジャスト)」より上位の「きれい(フェア)」を優先したくなるからだ。生きるか死ぬかの気持ちで長期にわたって努力し、いざ臨んだ闘争の場にあって、なお、この境地を知る者を育てる。それがラグビーだ。

「スポーツをやっとる時には、二律背反の、ええことと悪いことの選択を迫られる場に必ずおかれるんです。その時に、自分の意思でいいほうに選択していく。これがフェアであります。すでに決まっておるある基準によって決めるんじゃなしに、自分で決める」(早稲田大学最終講義より。以下、同)

「ルールに従っとるのがフェアだという人がありますが、そんなもんフェアじゃありません。ルールは人間が作ったものであります。だからそれによって善悪を決めるのはジャスティスのジャストであります」

戦争も、戦時下の人権弾圧も、いつだって合法的に行われる。「戦陣訓」というルールに従えば、強制的集団自決も「玉砕」と美化された。その「汚さ」の気配を察し、抵抗していく。それはパントで激しく厳しく闘争的になだれこみながら、合法であろうとも相手の頭は傷つけないという「情緒のコントロール」ができる者にのみ可能だ。

「権力者が戦争のほうに進んでいく場合には、われわれは断固として、命をかけてもそのソシアル・フォーセス(闘争の倫理を知る者による社会の基礎集団)を使って落として行かないと。あるところまでウワーッと引っ張られてしもうたら、もうなんにもできませんよ、わたし達がそうだったんだから。実際、昭和12、13年になってしもうたらもうだめです。権力者が武力を握ってポンポンと殺してきたら、どんなやつでも命が惜しいからお手あげですよ」

大西鐵之祐さんには苛烈な戦場体験がある。「人も殺しましたし、捕虜をぶん殴りもしました」。そうなったら、つまり、いったん戦争になったら「人間はもうだめだということを感じました。そこに遭遇した二人の人間や敵対する者の間には、ひとつも個人的な恨みはないんです。向こうが撃ってきよるし、死んじまうのはいやだから撃っていくというだけのことで」。だから、そうなる前に抵抗するのだ。

23年前の最終講義はこう締めくくられている。

「私たちは、平和の社会をいったんつくり上げたのですから、これがもし変な方向、戦争のほうに進ませちゃったら、戦死したり、罪もなく殺されていった人々、子供たちに、どうおわびするのですか」

すべてのラグビー指導者、ことに高校や大学の監督とコーチには強烈に意識してほしい。あくまでも勝利を追求する。そうでなければ弱虫だ。しかし、ただ勝てばよいのではない。ジャスティスよりもフェアネスを知る若者を社会へ送り出す。闘争を忘れぬ反戦思想の中核を育てることが使命なのだ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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