第89回「強者の変身」
藤島 大
サントリーの日本選手権での栄冠は、ひとつの主題の結実でもあった。
すなわち「もともと強かったチームの変身」。
2009年度、エディー・ジョーンズ監督就任前のサントリーも強かった。トップリーグのラウンドロビン(総当りリーグの段階)無敗通過時の安定は三洋電機と双璧だった。プレーオフ以降、不可解なような失速に終わるのだが、根源的な力はあった。
清宮克幸前監督がやってきて、新人の大量起用(就任初年度は8人)、日本選手のみのFW編成など大胆にも映る方法で、東芝と三洋に肉薄した。「日本国籍取得者」を含む外国人選手の数で劣りながら限りなく接近できた。
しかし2007年度のマイクロソフトカップ制覇を除き覇権にはあと一歩で届かなかった。そこで、サントリーは、かつてオーストラリア代表を率いたエディー・ジョーンズ監督を迎え、攻撃的なスタイルを標榜、具体的な体力づくりと攻撃の型の習熟に邁進、最後の最後に勝った。
ただし順風のシーズンかと問われればそうではない。
トップリーグ開幕戦でトヨタ自動車に敗れた。走り込んで細くなった選手から活力は消え、かといって本当の攻撃スタイルを貫くかといえばそうでもなかった。
2戦目。リコーにあわや負けかけた(6点差)。あそこで星を落としてたら、あるいはベスト4に飛び込むのは難しく、たぶんタイトルとは無縁であったろう。残暑の薄氷にも近かった。3戦目のNECにも力負け。この時点では、せっかく前年度に国内随一だったセットプレーの威力が失せ、そのかわりの果実を得られていなかった。
エディー・ジョーンズ監督は言った。
「長い旅の途中だ。先に走り、あとで体重を増やすほうが正しい過程なのだ。来年の1月には強くなる」
必ずしも強がりには聞こえなかった。本コラムの筆者にもささやかなコーチング経験があって、走り込み重視の戦法に取り組むと「一時的に弱くなる」と知っていたからだ。シーズンの終盤、涼しくなり寒さの訪れるころに成果は出てくる。
ただし、こちらの場合は、都立国立高校、推薦入試の限られた時代の早稲田大学の指導をしていたので、パワー・体格・経験でターゲットの相手よりは不利と仮定、それでも何とかするには練習の質量で素質の差をカバーできる反応とフィットネス勝負に持ち込もうという意図だった。
国立高校の例では、10月下旬ごろから強くなり、もし来年の1月にラグビーができたら見違えるほどのチームになれるのに…とよく思った。そのかわり夏、それから9月は猛練習の疲労で元気がなくなる。このころの試合が危ない。次元はまったく違うのに、エディー・ジョーンズ監督の「1月になれば」は実感できた。
96年度の早稲田のジュニア選手権初戦、大東文化大学を相手に、もしかしたら本邦初の「完全ノータッチ」の実験をした。自陣ゴール前からも外へは絶対に蹴り出さず、ハイパントもしくはランで攻める。Pはすべて速攻。最後の十数分、体の大きな大東文化のFWがまったく動けなくなった。勝利。ただし無理に攻めるので相手が元気なうちには失点も多かった。今季のサントリーのちっぽけな先駆だった。
そこで考えた。サントリーの場合、もともと強かったのだから、スクラムやラインアウト、モールの力をそいだのは本当に正しいのか。結局、優勝できるのか。
トップリーグの総当り段階の首位通過が東芝、プレーオフ優勝は三洋電機、日本選手権覇者がサントリー、個人的にそれぞれに等分の価値があると思う。圧倒的勝者のいないシーズンでもあった。それでも公式戦4敗のサントリーは最後に締め切りをクリアできた。ここに価値はある。
いったんは迫力をなくしたセットプレーはしだいに復活した。新しい戦法を信じて、心が落ち着けば自然に力は発揮できる。前年度は十二分に強かったスクラムが今年度も十分強かった。
エディー・ジョーンズ監督の最大級の長所は修正力にある。シーズン当初、小野澤宏時をFBにした。FWのポジション編成も変更を試みた。総じて失敗だった。
そこで自分のアイデアに固執せず、たとえば前任者の好んだ配置に素直に戻したのが、凱歌への分岐点だった。優勝圏内にあったチームにあえて思い切った新戦法を叩き込むにあたり、ちゃんと保険はかけられていた。それは「徹底と応用のバランス」だった。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。