コラム「友情と尊敬」

第95回「花園=W杯」 藤島 大

花園出場をかけた東京都予選決勝、そこにワールドカップを見た。

強力モールの東京高校、鋭利な展開の明治大学付属中野高校の激突の後半だった。詳細は省くが、まだ逆転が可能な後半の時間帯、明大中野は前半の反省から工夫を凝らしたモール対策で自陣ゴール前の危機をしのいだ。スクラム。タッチへ。しかしインゴールの深いところに位置した蹴り手のキックはさほど遠くへ伸びない。また怒涛のモールを組まれるラインアウトを与えるピンチ。スタンドで観戦しながら、ああ、なんで数度のサイド攻撃などで前へ出てから蹴らないのか、あるいは、あえてノータッチを試みないのかと感じた。

なにしろ東京高校の練り上げられた縦長のモールは、新しく発見された生き物みたいに格別なのだ。根源的に体がしっかり鍛えられている。つまり敵陣深くでの自軍投入ラインアウトこそが最大の得点源なのである。結局、もつれるはずの試合を東京高校が21-5で制した。明大中野の集中力、切り返しの速度が光を放っていただけに、いかにも惜しかった。

そして、これがラグビーなのだと思った。

ワールドカップ、あの世界の頂点を競う大会でも同じような光景に遭遇する。ああ、せっかくピンチをはね返し、どうして、またすぐそこで相手のラインアウトを献上するのか。たとえばワラビーズにもフランスにもウェールズにも過去にそうしたことはあった。

つまり息詰まる状況下における人間の心理、思考は、レベルの差を超越した普遍の産物なのである。もちろん確実にタッチを切ることは多くの例で間違いではない。ノータッチで大ピンチを招くこともある。サイドを攻略して落球する場合もある。「まずタッチへ」は定理でもある。

しかし、相手がどちらがうれしいか、どちらが嫌かを考えたら、東京都予選決勝のあの状況では、チャージを避ける安全圏、つまり、極端に後方からのキックでわずかに前へ出て一息つくのは得策ではなかった。そして、そして、何度でも「そして」と書くが、そして同じことをワラビーズだってしてしまうのだ。

ワールドカップ決勝。最後は勝ち切ったので見逃されがちだけれど、オールブラックス、ことに何人かの選手はナーバスの沼に足を沈めていた。

本人が日本語を読めないから記してしまえば、ピリ・ウィプー、マア・ノヌーなんかそうである。あれ、浮き足立ってる。記者席からでもわかった。

オールブラックスが5点リードの前半終了直前、中盤のわりと攻めやすい位置のラインアウトを得たのに、そこから、ほどなく攻撃をやめてタッチへボールを出した。みずからハーフタイムを求めたのだ。あの瞬間、フランスの監督やコーチは「いける!」と意を強くしたはずである。オールブラックス、この4年間、世界最高の攻撃力をいかんなく発揮してきた地元の英雄たちが、前半5点リードのままの終了を欲した。ナーバスだ。

あの夜、オールブラックスは萎縮していた。それでも勝利したから強いのだが、いつものように強くはなかった。呑み込んでしまえば大差も可能なのに、自分たちの側から緊張の接戦に身を置いた。あれと同じ流れを、花園で、その花園予選の決勝で、大学選手権で、秩父宮のリーグ戦や対抗戦でいったいなんべん目にしたことか。きっと小学生の大事な試合でも同じである。それが人間、それが人間のするラグビーなのだ。

ラグビー史にはごくまれにそのレベルを超越する個性が出現する。

1970年前後のウェールズ黄金期の天才SO、バリー・ジョンがそうだ。芝の上の他の29人とまったく別次元を生きている。緊張や萎縮という単語は辞書に収められていない。90年前後に輝いたワラビーズのデイヴィッド・キャンピージもそれに近かった。その観点から先の大会決勝、もしダン・カーターが健在ならふてぶてしく指揮棒を振れたかを想像するのは興味深い。

あなたがバリー・ジョンでなければ、大ピンチをしのいで、直後、飄々とノータッチは蹴れない。どうしても慣習の範疇で確実にすぐそこへ蹴り出してしまう。チームもそうだ。呑み込めば大丈夫でも大試合の緊張が接戦へ接戦へと集団の心理を進める。

どうすればよいか。きっと独自性しかない。みんなが陥る魔界にあって、それでも差をつけるのは「自分だけの方法」を持っているかだ。

ちくま文庫の『本と怠け者』(萩原魚雷)を読んでいたら(もちろんタイトルにひかれた)、かの坂口安吾のこんな言葉が引かれていた。

「自分だけのものが見えるから、それが又万人のものとなる」

多数派に巻き込まれないと、やがて多数の心を動かす。ラグビーのコーチングもそうありたい。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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