コラム「友情と尊敬」

第88回「体脂肪率11.9%」 藤島 大

不惑も迫ってきて、なお浜ちゃんの肉体は進歩をやめない。進化? そんなナウマン象だとか石器時代のヒトを連想させるような言葉は使いたくない。進歩である。
偉い!
ひとまず全面の賛辞を捧げておきたい。なぜ偉いかについては後述する。

昨年暮れの某日、近鉄奈良線、河内花園駅そば、「ラグ酒」こと花園ラグビー酒場でささやかな宴が催された。
「浜ちゃんを囲む夕べ」
羽咋工業ー近鉄ー常翔クラブの元日本代表、もちろん永遠の背番号3、浜辺和その人である。主役はタメをこしらえる。みんなをジリジリと待たせて、1ラウンド目の塩スープ鍋が底をつかんとせんその時、浜ちゃんはやってきた。

「夜勤明けですわ」

その一言を待ってました。勤務帰りの午前中、沿線の鶴橋駅前の「朝10時からやってる回転寿司」でちょいと小腹を満たし、夕刻にいつものトレーニングを終えて、いま登場である。さっそくの生ビールは、子供がヤクルトを飲み干す調子でカラになった。

なんとなく、いいなあ。午前10時の回転寿司店。そうつぶやくと、浜ちゃんは会社の経理部員が数字を口にするみたいに言った。

「朝の10時に客はほとんどいません。食べたいもん、切っては握ってくれるから普通の寿司屋と一緒ですわ。ま、軽目に15皿ほど」

「偉い!」のわけはこれだ。飲んで、食べて、それらの行為に本日も人並みを外れて邁進しながら、いま眼前にある「理想の体」を維持している。

身長182.5㎝。体重112.64㎏。バーベルやサプリメントに頼らず、これだけのサイズを維持し、さらに磨き上げる。もっとも、ここまでは「大きくて強い人」ということだ。注目すべきはここから。

体脂肪率11.9%。体脂肪量13.41392㎏。除脂肪量99.22608㎏。

能登の里山の小さな丘みたいな体に脂肪はほとんど存在しない。ジャパンの元プロップは、ファーストクラスのラグビーから退き、徹夜もありうる不規則な駅での勤めをこなし、独身の自由を味わいつつ仲間と愉快に飲み、吠え、笑い、笑わせ、おおいに食らって、体脂肪率12%弱をキープしている。偉い。

「飲まなくてフィットする例はよくある。でも、人間、そういうものじゃないし」

この夜、浜辺和は、超音波Bモード測定その他による数値という個人情報を惜しげもなく本コラム筆者に公開した。全国のベテラン選手の参考のため、そして全国の酒飲みの「自己弁護」のために供してくれたのだと勝手に解釈している。

浜ちゃんを書くと、つい「おかしみ」に筆が滑るが、いまも常翔クラブの不動の現役、大阪のクラブ・シーンでは雷光のごときスクラムがおそれられている。若いトイ面を相手にした時など、日本語の描写としては「稽古をつける」が最も適切である。あくまでも選手として体の手入れを怠らず、自己管理もしている。庶民の酒場での一杯も選手だからこそメンタルの充実に大切なのである。

もちろん暴飲暴食ばかりで、あれほどの数値はありえぬ。水泳をはじめ連日のトレーニングの質量は一級のアスリートのレベルを保っている。酒場へ繰り出さぬ夜には「白菜と豆腐中心の鍋」で調子を整える。「卵を三つ使う料理なら黄身はひとつだけ」。職場へ持参の得意の焼肉弁当についても一家言を有している。

「食中毒の原因の大半は温かい料理をそのまま次の日の弁当箱へ詰めること。しっかり肉をさまします。その時間に部屋の除湿スイッチを入れ、洗濯物を干す。レオパレスなので何をするにも3歩以内、高校の部室みたいなもんですわ」

いけない。また、そちらへ話が引っ張られている。なによりも浜辺和はスクラムのエキスパートである。スクラムに合致する体作りを含め、独自に積み上げられた理論は、おそらく現在の先端の方法とは異なる。しかし、こちらにはこちらの理があるはずなのである。

日本のスクラム、日本人のスクラム、ジャパンのスクラムを創造するにあたって、しかるべき立場の人間は、浜辺和、あるいは浜辺和のような立場の先達からぜひ聞き取りをしてもらいたい。そもそも近鉄のスクラムから往時の迫力が失せ、それがチーム全体の独自性の喪失とも関係しているのだ。もったいない。

この夜、夜勤明けのプロップの名言を聞いた。

「リーマンショックで世界不況やいうて、どんなに不景気になっても、人間、モヤシと納豆と卵があれば死なないと思うんですわ」

浜辺和のスクラムがいつまでも語られる理由がわかった気がした。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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