コラム「友情と尊敬」

第29回「ふたりの主将、ドクターを待つ」 藤島 大

オールブラックスのキャプテンが栄誉を得た。
テストマッチに勝ったのではない。先の北半球遠征で勝つには勝ったけれど、それだけじゃない。
勇猛なるランとタックル、それにドレッドのヘアで知られるタナ・ウマンガは、このほど、国際フェアプレー賞を受けた。国連や国際五輪委員会などによって承認された非政府組織の定める栄誉である。

ウマンガは、2003年、ニュージーランド(NZ)・ハミルトンでのウェールズとのテストマッチにおいて次のような行いをした。

ウェールズの主将、先日のジャパンとの対戦でもトライを量産したコリン・チャーヴィスが、試合中、ジェリィ・コリンズのタックルで頭を強打し倒れた。一時的な意識不明。ボールは動いていた。するとウマンガは自身のプレーをやめて、近寄り、舌を巻き込み呼吸困難に陥らぬようマウスガードを動かし、安全な姿勢へと導いた。

この行為をNZ五輪委員会より推薦されて、今回の決定となった。過去の受賞者、南アフリカ前大統領ネルソン・マンデラ、テニスのアーサー・アッシュ、サッカーのボビー・チャールトンらの並ぶ「高貴な(言葉の本当の意味で)」隊列に加わったのだ。広くラグビー界としても名誉な出来事である。

12月8日、ギリシャのアテネでピエール・ド・クーベルタン・トロフィーを渡されたウマンガは次のように語っている。

「スポーツとは闘争だ。しかし、それは負傷した相手をそのまま放置しておくようなものとは違う。私は、似た場面に遭遇すれば、少しもためらわずに同じことをするつもりだ」

若き読者にはわかってもらえると思うのだが、かつてはスポーツを好む者のひとりとして、おとなに「フェアプレーの精神」なんて上段からふりかぶられると、ちょっと身を引きたくなった。ラグビーは教室の説教じゃない。これは楽しみなのだと。しかし少しは長く生きていれば、つくづく「フェアプレー」ってやつは大切なのだと思い知る。職業という競争社会で呼吸するうちに「ズル」は忍び寄ってくる。耳元の悪魔のささやきは、やがて日常と化す。ズルとまでいかなくとも狭量な態度、せこい振る舞いと、とうとう無縁でなくなるのだ。

だいいち、この国のリーダーとされる人々、政治思想が右だろうと左だろうと真ん中だろうと、ともかくあるジャンルにおいて偉い人に「フェア」のカケラすら見つけるのは難儀だ。一国の総理を務めた人物が、自分の名前を冠した派閥に届いた怪しげな1億円について報道陣に問われて「関係あるんですか」だって。関係あるに決まってるだろう。仮に法律上はすれすれセーフでも、元総理大臣なら「きれいか汚いか」で判断するのが当然じゃないか。普通の人じゃないんだから。

いつか電車の駅で見た光景。子供を対象とした漫画キャラクターの「スタンプラリー(駅から駅をめぐってスタンプを集める)」の台に幼児がひとりでいた。たいがいは親が横に付き添っている。ひとりだから遅い。なんべんもスタンプの前後左右を確かめ、紙を広げて、インクをまんべんなくつけて、そっと押す。なんとも微笑ましい。ところが、うしろに並んだ親たち(!)が舌打ちをせんばかりに苛立っている。圧力をかけるようにのぞきこむ。おせっかいに手伝おうとする俗物もいる(子供の楽しみを奪うな!)。狭い。小さい。みっともない。そこにフェアプレーの精神は存在しない。

と、まあ、こんな世間に暮らしていると、タナ・ウマンガの行為はうれしい。そうなのだ。これがラグビーの価値ではなかったか。

本コラムの第5回にも書いたのたが、昨今のラグビー界における「オカピ(絶滅寸前種)」に「相手負傷者に手を差し伸べるキャプテン」がある。つまりウマンガは、昔なら珍しくはなかった。日本の大学ラグビーでもよくある場面だった。

なんでも海外が立派という意見には与したくない。しかし、おそらくプロ化が成熟してくると次の段階として「ラグビー精神を取り戻せ」キャンペーンがイングランドやオーストラリア発で始まるだろう。日本ラグビー、ジャパンの現状では、残念ながら技術・戦術開発での「海外追従」はしばらく変わりそうにない。であれば、せめて、そちらの分野ではさきがけたい。その場合、「上からの押しつけ」を避けるには、現場でラグビーに携わる者が具体的に行動するほかはない。まずは片膝ついてドクターの到着を待つ両軍キャプテンの姿からだ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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