コラム「友情と尊敬」

第72回「花園の土と花」 藤島 大

花園準決勝。高度な判断の連続が忘れられない。

常翔啓光ー東福岡。古びた言い回しを許されるなら、まさに「高校生ばなれした」濃密な60分間だった。

両雄の「判断」の質が微妙に異なるところが興味深かった。

先に前回優勝の東福岡から述べると、この才能集団の判断は「対人的」である。対人の延長線上の「対スペース」。

展開する。相手が、外側のスペースの守りを厚くして人数をかけたとする。すると東福岡の選手は「それなら内側で1対1の勝負」とポジションの別なく速やかに判断する。オーソドックスといえばオーソドックスである。しかし、その1対1の能力が、身体能力、技巧ともども、きわめて高いので、必ず抜くか、最低でも半身は鋭く前へ出る。

対戦相手にしたら「外を厚くすれば、判断を間違えず、的確に内で勝負してくる」ので、さらに「その内側に分厚い守りのワナを仕掛ける」くらいの意図がないと止められない。もちろん外の守りが薄い、というより普通程度の厚さと感じとれば、すかさず巧みなパスとステップで攻略する。

いっぽう優勝を遂げた常翔啓光の判断は、はじめから「対スペース的」だった。連続攻撃、あるいはキックを受けたり、ターンオーバーからの逆襲において、驚くほどの数の選手が「ここをついたらトライになりそうだ」というスペースに素早くポジショニングする。

自陣へキックが飛ぶ。その瞬間、ボールから遠くへ離れる者、深く戻る者、近く寄る者、おのおのが、とりどりの位置取りをする。防御側にすると、なんとも的を絞りづらい。

東福岡が「人の少ないほうを的確に攻める」のであれば、常翔啓光は「人の届かぬところにあらかじめポジショニングする」感じなのだ。

常翔啓光は、守りでも、先回りの感覚に優れ、ポジショニングが自在だった。横一線でスペースを埋めるだけでなく、時に、ダブルラインのような防御態勢をとったりもする。

付属の中学があり、現在の高校3年の代は強くて、全国制覇の大阪府選抜の主軸でもあった。その「成功体験」が、こうなると必ず誰かが前へ出るから次はここでパスを受けよう、という感覚を身体化させたような気がする。

これはトップリーグの三洋電機ワイルドナイツのポジショニングにも似ている。試合全体が「5対3で攻撃側優位の突破練習」のようなのだ。あいつがボールを持てばゲインは切るし、そのボールも滑らかに出てくるに違いないから、その他の者は大胆に「トライの奪える場所に立とう」。そんなラグビー。言葉の本当の意味でのポジティブなスタイルである。だから、あまりうまく運べていない試合ですら、しばしば大量得点できる。

余談に近いが、いわゆる少年少女のスクールのラグビーでは、ラックのオーバーやサインプレーよりも、こういう感覚を身につけさせたらよいのではないか。ボールを持っている人間に働きかけ、助けること、もうひとつ、あえてボールから離れて、もしここにパスがきたら目の前は無人である場所を見つけること、この判断をドリルに組み込み、また自然にゲームで学べればよい。攻撃だけ練習していたら、そのうちに防御でも同じ感覚は働くようになる。

花園では、準優勝の御所工・実の小柄ながら体の芯の強い選手たちの真摯な攻守も書き残されなくてはならない。竹田寛行監督の鍛錬と思考の見事な成果だ。

京都成章は、その御所工・実に押し込まれながらも最後の一線を断じて明け渡さなかった。「前へ出るディフェンス」。列島に繰り返される呪文のまれなる実践と成功の例である。

もうひとつ忘れがたいのは、東京のこれも極度のシャロー式ディフェンスと重いタックルだ。前述のように、どこからでもトライを奪える常翔啓光が、本当に終了直前まで無得点だった。森秀胤監督の信念を感じた。その後に当たったチームは、東京が止め方を見せたのに同じようにはできなかった。「極度の前へ」は一朝一夕では無理だ。冗談でなく血のにじむ長い時間が必要なのである。

最後に、極私的、「歌われること少なきヒーロー」を。

名護の背番号12、石垣大。2年でサッカーから転部。短い経験でもここまでできる。小刻みな足の動きで方向を変えスラロームのように抜いて出る。フランスのコドルニューやシャルベという往年の名手を想起させた。タックルも突き刺さる。

江の川のやはり12番、末松宏斗。攻撃時のポジショニングの身のこなしが「古き良き選手」のよう。足を交差させながら、上体は前を向いたまま後ろへ戻る。そこからタメて真っ直ぐパスを受ける。前を向きながら戻っているので視野は180度確保されており、そこから繰り出される何気ないパスは高い確率でチャンスとなった。

東京の背番号14、栗田宙。大会随一のスピードスター、常翔啓光・国定周央をほとんど唯一ストップした男。広いスペースでの1対1を倒し切る技術とハートは、現代の日本ラグビー界から消えつつある。希少だ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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