コラム「友情と尊敬」

第32回「セブンズの健闘」 藤島 大

香港へ出かけたかいがあった。ひとつは「小」チュニジアが「大」南アフリカを破る感激の場面に遭遇できたこと。もうひとつは、もちろん、日本代表の「理」と「熱」のともなった闘争集団としての姿を見られたことにある。

7人制ワールドカップ(W杯)のジャパンはプール戦でフィジーとオーストラリアに敗れ、カナダとポルトガルと香港に勝った。「順当」な結果ともとらえられるが、カナダの上体の強さ、ヨーロッパ予選覇者ポルトガルの運動能力、大声援を背に燃えたぎる香港とも、あとで考えれば難敵で、堅実に映る勝利も相当の努力の結果と実感できた。やはり予選を経たW杯では、マイナーなような国の代表もきっちり仕上げてきている。

プール3位でのぞんだ「プレート(各組3・4位のトーナメント)」では初戦のロシアに完敗した。完敗というよりは「7分間×2」の魔界にはまったかのように何もさせてもらえなかった。ある選手が言った。「なんでこうなったかわからない」。気迫を欠いたわけでもないのに体が動かなかった。これまた、あとで考えれば、ロシアは前回のプレートを制しており15人制と違って力があった。

いずれにせよカナダもポルトガルもロシアも個々のサイズを含めた身体能力ではジャパンより総じて上だ。7人制だと、むしろその事実が明らかとなる。あらためて15人制を含めたジャパンの条件の厳しさを思った。またジャパンの身体的条件では、むしろ、ひとりずつのスペースが限られ「個」に対して「複数」で対抗しうる15人制のほうが全般に戦いやすいのでは…とも考えさせられた。

今回のセブンズのジャパンは、そうした身体能力の困難を「結果」とはせず「前提」として準備を積み重ねてきた。そこに価値があった。だからW杯で引き締まった戦いを披露できた。
山口智史主将をはじめとする選手の奮闘、本城和彦監督の手腕に敬意を表したい。

このほどサントリーのGM就任の決まった本城監督は、2001年秋田ワールドゲームズの7人制代表の指揮を執り、翌02年から本格的に就任した。実質3年。日本代表SOで冷静なゲームメイクの光った元人気者は、そのイメージ通り、セブンズを理論的に突き詰めて「ジャパンとしての理屈」を築いた。いっぽうで、表面のクールな印象とは異なり、選手ひとりずつをハートの角度からも掌握した。山口主将は明かした。「強い父親のようでした。しだいに監督のために…という気持ちがチームに強くなってきた」。香港スタジアムのジャパンは、試合直前、出場する選手と負傷者に備えたバックアップ要員の区別がつかなかった。みな闘争心を凝縮させたような表情をしていた。

「オーストラリアは仕掛けをせずにポンポンと外へ回してくる。ボールキャリアを囲み、コンタクトのないところでは外側のディフェンスが前へ出ろ」。円陣では常に簡潔な指示が出た。近くで撮影したカメラマンがウンウンとうなずいていた。

昨年度から予算は大きく削られた。すると数次の細かな合宿を取りやめ大会前に現地へ先乗りして集中キャンプを張る方針に切り替えた。スリランカでの予選から採用された「限られた資本の集中投下」である。このアイデアは正解だった。
セブンズ代表へのクラブの協力体制は、いまだ、うまく構築されておらず、選手選考はままならない。W杯で鬼神のごとき攻守がチームを救ったネイサン・アシュレイ(日本IBM)は「スイーパー役の辞退者が続出。苦肉の策で15人制のプレーのビデオを取り寄せて選んだ」(同監督)。まさに災い転じて…である。限りある練習時間は「攻撃より防御に比重を傾けた」。あるところまできたら選手選考に右往左往せず「そこにいる人間」を信じた。要するに焦点を絞り込んだ。そこに勝負の姿勢はあった。勝負をあきらめないから勝負ができた。

さて前回に書いた「迷いのないパスにトップスピードで走り込む」効果はセブンズでも同じだった。健闘のジャパンにやや欠けていたのはパスそのものの速度かもしれない。フィジーもニュージーランドもイングランドもオーストラリアも4強のチームは長いパスでも実に速い。パスの速度でスペースをつくる研究はこれからの15人制にも求められる。
以下は余談めくが、トップリーグの各クラブはフィジーのロックや第3列などFWの若手選手をバックスとして獲得するとよい。強くて大きくて俊敏。あのセブンズでの動きは、日本のチームがポジションにこだわる必要をまるで感じさせない。

15人制のジャパンは7人制から教訓を得られるだろう。希望と困難の両方の教訓を。
まずはIRB のランキング(あんなもの本心から気にしている指導者は世界にいない)とは無関係に自分の力を正確に評価してほしい。そしてフランスの「アドバイザー」からは、なにより当代屈指のスクラムの考え方を学んだらどうだろう。フロントロー中心でなく8人のまとまりこそを優先する方法を。さらにはジャパンの生命線であるターンオーバー後の速攻の基本も(本当は日本国内にノウハウはあるのだが)。

4月にぶつかるウルグアイもアルゼンチンもヨーロッパのクラブ在籍の選手の大半は出場できない。大チャンスである。ジャパンの身体能力の「前提」は想像以上に厳しい。同時にジャパンの潜在力は「現状のイメージ(スコットランド/ウェールズ戦の惨敗)」より本当は高い。南米より朗報を待とう。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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