コラム「友情と尊敬」

第157回「旭川・神宮外苑・浦安」 藤島 大

旭川での南北北海道大会の準決勝。小樽潮陵高校のそれが普通に生きることだと宣言するような猛タックルを見た。ベンチ横の女子部員のあまりにも的確な指示の声を聞いた。花園常連の札幌山の手高校の猛攻をあるところまでは跳ね返した。

函館ラ・サール高校の迷わず前へ出るライン防御、そこでミスを起こしトライを奪われながら崩れはしなかった優勝候補、立命館慶祥高校の底力も目撃できた。

雨中の南北海道決勝。立命館慶祥が札幌山の手を破った。ハイパント。執拗なチェイス。才能の並んだチームはこの日は泥だらけのスタイルを貫いた。

北北海道決勝。花園行きを果たした北見北斗高校の攻守をある関係者が評した。「昭和のラグビー」。もちろん称えている。実直で、ダイレクトで、しかし力攻めに傾かず、大切にボールをつなぎ、うまく蹴った。よく体を張る旭川龍谷高校との激突は見つめる者の共感を呼んだ。

1週間後。東京・神宮外苑の秩父宮ラグビー場。ジャパン・フィフティーンはオーストラリアA代表に敗れた。体のぶつけ合いで引かず、よいトライを挙げて、だがリスタートやつなぎのミスで握ったはずの主導権を渡し、引っくり返された。22ー34。黒星は黒星。でも「しくじって負けた」事実が、いくらか頼もしくもあった。

つい先日に目にした札幌山の手の青色ジャージィをかつてまとった背番号8、リーチ マイケルの心技体は際立っていた。奮闘した新顔の6番、下川甲嗣が敗戦後に明かした。

「リーチさんの凄さをあらためて感じました」

ともにフィールドに立ってわかる底力。伝統の継承だ。

その翌朝。東京ディズニーランドの最寄り駅を降りた。15分ほど歩いたところのグラウンドでトップイーストCグループの大切な試合が始まる。

今季から昇格のワセダクラブ TOP RUSHERSが、昨年度は同リーグ2位のJAL WINGSに挑む。数日前、私的結社である「これを見なくちゃ悔やまれる連合」より通報があった。

「ワセダクラブのリザーブに吉野俊郎さんが入りました」

えっ、と発声した。元日本代表のCTBでWTB。サントリーでも活躍した。ワールドカップのメンバーである。オールブラックスとも対戦している。いつ? どちらも1987年だ。ソビエト連邦もベルリンの壁もまだあった。

あらためてワセダクラブの現役、吉野俊郎は62歳である。そしてワセダクラブはトップイーストCグループに所属している。太鼓腹の壮年の楽しむ草の根ラグビーとは違う。メンバー表にはちょっと前まで学生ラグビーで活躍した人間も並ぶ。

すなわち「リザーブにヨシノ」はニュースである。試合前のウォームアップ。痩身のフォルムはまったく青年のままだ。走る姿は常識の範囲の「ベテラン」に映る。これは幻の光景なのか。

JALのWTBに桑島慎吾の名が見つかる。こちら吉野俊郎と同じ早稲田大学の出身、年齢は27歳である。ちなみに、この人の父、靖明も臙脂と黒の14番のジャージィをまとった。年次で吉野の5年下。もし愛称「よっさん」の途中出場なれば「5学年下の後輩の息子」と観客も入る公式戦で抜き合い、倒し合うことになる。幻か。

結果として出場はなかった。「この展開じゃ、しゃーないわな」。試合後、わざと砕けた口調で本人が仲間に言った。なにしろ大接戦。本当にタックルの音がベンチの後方まで届いた。21ー17でWINGSが辛くも逃げ切る。最後の笛まで結果はわからなかった。

「ベンチに座ったままの62歳」は、かえって尊い感じがした。緊迫のスコアなのでリザーブ投入に踏み切れない。真剣勝負だからだ。苦しんだ勝者が腕を突き上げる。よく対抗した敗者は膝をつく。その場に、ただ戦力として存在している。

はるか年少の同僚とともにゴールポスト撤去を手伝い、生きる伝説はジャージィを脱いだ。裸身は引き締まっているどころか研ぎ澄まされている。1グラムのムダもない。ピンと張った肌は水を弾きそうだ。「やばい」。若者言葉の驚きの声が近くに流れた。力をつけたワセダクラブの公式戦は続く。さらなる「通報」を待ちたい。

旭川の東光スポーツ公園。秩父宮ラグビー場。ブリオベッカ浦安スタジアム。そこに凝視できたのは、いつものように「ラグビー」であった。何べんでも同じことを書くほかないのだが、ともに努力を積んだチームが本気でぶつかると、レベルの差とは無関係に観戦に値する。心が動く。それは常にシーズンの核心である。 

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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