コラム「友情と尊敬」

第37回「ラックの数についての2、3の事柄」 藤島 大

「多」か「少」か。「多」はすでに古いのか。
オールブラックスの優勝で幕を閉じたトライネーションズのさなかに議論は起きた。
まあ、試合前の毎度の心理戦なのだが、オールブラックスのコーチ、ウエイン・スミスがワラビーズとの最終戦を前にメディアに以下のように語った。

「ザ・マルチフェイズ・ゲーム(The multi-phase game )は消極的だ。なぜなら、それはロボット的だから。状況判断が個人から切り離されており、リサイクルされるボールをベースとしている」

日本的には「多ポイント攻撃」と訳せばいいのか。ワラビーズを率いるエディ・ジョーンズ監督の信奉する戦法である。セットの攻撃から何度も何度もポイントをつくりパターン通りに攻める。1996年発足のスーパー12に創設チームとして加わったACTブランビーズがひとまずルーツとされる。

当時のブランビーズ監督、近年屈指の名将、ロッド・マクイーンは著書『ONE STEP AHEAD』で述べている。

「(新しいチームとして)アイデンティティーを持たなければならなかった。我々のめざすスタイルは、球を保持し続けて、さまざまなフェイズから山のように攻撃を仕掛けることにあった」

そしてチーム発足の最初の遠征に弱い日本を選んだ理由を説明している。

「ほどよい相手と戦うことで自分たちの攻撃パターンを試せる。日本は相手の得点を最少限に抑えようとしてネガティブなゲームをする傾向がある。ラックの球をFW8人で殺しにくる。我々は(我々のプランを実現させるために)ラックでのボール殺しを解決する方法を見つけなくてならなかった」

マクイーン監督はワラビーズを99年優勝へ導き、ブランビーズとオーストラリアの時代を築いた。その根幹は「多ポイント攻撃」と「グラウンド横一杯を防御のプレーヤーで埋める新しいディフェンスのシステム」にあった。この両者は、いわば表裏の関係にあり、守る側がすぐポイントを見切って次に備えるから攻撃側は永遠のような球の保持も可能だった。守る立場では、どうせラックを連取されるのなら、あらかじめ次へ備えて網を張っておこうとした。

しかし、ただいまは、タックルそのものは厳しさを増し、ラックの攻防も激しくなった。もはや滑らかな球出しは簡単ではない。レフェリーングも、おおまかには、極度の攻撃継続優先からボール争奪の再認識へ変化した。また、イングランド・プレミアシップのワスプスなどが、日本流で表現するところの「シャロー防御」を構築して、南アフリカ代表スプリングボクスも、歴史的にはお家芸でもあった激しく前へ出るディフェンスをここにきて復活・肉体化しつつある。

もはやブランビーズ流の生命線だった半身ずらしたボディコントロールの余裕はなかなか与えられない。継続また継続は困難な情勢だ。

ワラビーズのエディ・ジョーンズ監督も「現時点では少ポイント攻撃(The low-phase game )が主流である」とは認めた。そのうえでラグビーとは「争奪と継続のバランスのゲームだ」ともメディアに語っている。

トライネーションズのスプリングボクスのトライはことごとく激しい防御で敵失を誘い、ひとつ、ふたつのパスで逆襲するパターンから生まれた。

パターン構築すなわちロボット化の単純な思考には同意できないが、ともかくパスの回数の少ない攻撃の価値は確かだろう。これ、選手の肉体的資質に恵まれぬチームの指導者なら必ず到達するはずの結論でもある。少ないパスでさっとトライを奪う(でもオールブラックスのように立ったまま球をつなぐのは無理だ。意図的ラックはつくらざるをえない)。しつこい防御からの切り返し。経験が浅くて、体が小さく、足も遅ければ、それしかない。世界最高峰の激烈な競争のもたらす方法と、名もなき貧者の知恵が重なる。スポーツにはこういうこともある。

さて「多ポイント」か「少ポイント」か。それぞれチーム事情によって方針は決まる。 ただし、ここに少し水を差したい。本当にありがたくも本コラムを読んでくださる選手や指導者があったとして、その大多数のチームは、ラックの「多少」の選択で勝負の決まるレベルにはない。

いや、戦法の選択が結果を大きく変えるチームなど、ほんの一握りなのだ。 たいがいは、それより以前、最後までスタミナが切れないか、15人のうち何人がタックルできるのか、セットの最低限の安定、キックを追う戻るの鍛錬、倒され方のしつけ…などなどで結果は決まる。
そちらが先決なのである。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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