第120回「心の出番。」
藤島 大
いま、この稿を書き始めたところで、ワールドカップ(W杯)開幕まで40日、ジャパンは、山道のどのあたりを進んでいるのか。先のパシフィック・ネーションズカップ(PNC)は、1勝3敗。アメリカ、フィジーに勝ち切れず、トンガには実力で押し切られた。成績だけで考えると足踏みしているようにも映る。そうだろうか。
強くなってきたなあ。カナダ戦勝利、W杯本大会での対戦をにらんで「ポーカーをする」(エディー・ジョーンズHC=ヘッドコーチ)、すなわち手の内を隠しながら駆け引きをしたアメリカ戦の黒星、さらには体格を含むBKの能力差、最終局面の判断エラーで勝利を逃がしたフィジー戦の攻防にそう思った。いわゆる「シェイプ」と呼ばれる全方位多層攻撃を軸に、具体的な体力増強など厳しく緻密な鍛練を重ねてきた成果は表れている。W杯という世界注視のリングに登場する資格までなら得た。ジャパンと比較すると強化環境の厳しい対戦国も過去の同時期よりは仕上がっていた。弱くはない同格、もしくは少し上の相手とアウェーおよび中立国の条件で当然のごとく接戦を展開できた。
トンガは、パスの数が多く、結果、ラックの回数も多いジャパンのスタイルの根を断つには、ブレイクダウンに勝負をかけるのが肝要と知っていた。ここはW杯でも同じだ。スコットランド、サモア、アメリカもきっとそうする(南アフリカだけは、あまりジャパンを意識せぬ横綱相撲を取る可能性がある)。
トンガ戦では、自陣深くのアタックで激しい圧力にエラーを重ねて、窮地に陥った。実はこの現象もあるところまでは織り込み済みだ。ジョーンズHCも「まず敵陣」の発想も必要とわかっている。ただチーム構築の途上で「応用」を求めると徹底の色は薄まる。ことに日本に生まれ育った選手は、まず、とことんやり切らなくては、なかなか身体化できない気がする。徹底があって応用へと踏み出せる。
2002年のサッカーW杯に備えて、日本代表の当時のフィリップ・トルシエ監督は「前へ」の防御を徹底的に仕込んだ。余談だが、あのフランス人指導者が滞日中に通ったビストロを訪れたら、店内の白壁にマジックペンで、その「フラット3」の布陣が大きく描かれていた。信念! いざ本大会のさなか、こんな逸話が流れてきた。「選手たちが自主的に話し合い、極端な『前へ』をもう少し後方で構えるよう微修正した」。現在のジャパンに置き換えたら「もう少しキックで敵陣へ」と似ている。あのころ本稿筆者も大会を現場で追ったが、多くの論調は「選手の賢さ>監督の頑迷」に傾いていたと思う。しかし、そう単純ではない。トルシエという強烈な個性が妥協なく、極端なまで「前へ」を貫徹してきたから、大切な本番、ほんの少し後方待機の融通も利いた。
ラグビーの現代表もそうだ。自陣深くからアタックを仕掛ける。こちらを先に身体化するのは正しい。難儀だからだ。フィットネスを求められ、スキルの種類も求められる。まずどこからでもしつこく攻め続ける。そこで起きる事態(先のトンガ戦に顕著だった)にはあとから対応する。あれだけのボール保持をもくろみ連続攻撃を標榜しながら、なかなかトライに結ばれない。PNCでも、カナダ、トンガ戦が「1」、アメリカ、フィジー戦は「2」にとどまった。ゆえに「シェイプ」は通用しないのか。違う。「攻め続けるからトライにつながらずともゲームが崩れない」という側面もある。
ジャパンを離れて、広くディフェンスを考えても、先に前へ出られる力と意識を培い、しかるべき時に「待つ」「外に流す」順序のほうがうまく運ぶ。極度に前へ出る防御の出足、連続できるフィットネスはあとまわしでは身につかない。時間との闘争に敗北してしまう。
リーチマイケル(マイケル・リーチ)主将、ジョーンズHCのジャパンは、ひとつの方法を貫いてきたので応用は利く。利くはずだ。ただしW杯での勝負はまったく甘くない。リングに立つ=凱歌とは違う。ここから先は「チームワーク」の時間である。PNCの内容をレビューすれば、どうしてもBKに「海外出身選手」を並べたくなるかもしれない。そこは、ことここに至れば、ひたすらジョーンズHCの専権事項である。結果に正否を委ねるほかあるまい。トンガ戦の教訓をいかす布陣を固定、セレクションの競争原理からチームワークの醸成へと段階は移る。友情。尊敬。信頼。愛情。帰属意識。大義。使命感。いよいよ心の出番である。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。