コラム「友情と尊敬」

第165回「リーチの言葉」 藤島 大

今季ここまでのラグビーの言葉で忘れられないのはこれだ。

「去年のチームだったら負けていたと思う」

1月14日。リーチ マイケルのコメントである。この午後、秩父宮ラグビー場で東芝ブレイブルーパス東京は三重ホンダヒートを破った。40―12。数字の上では大勝である。なのに言った。

なるほどヒートはよく対抗した。前半の前半は5―7。映像を見返すと、アタックでよく裏へ出て、守りの脚も衰えない。善戦というより互角の勢いだ。後半27分に5―40とされるも、むしろ反攻を開始。最後の最後まで闘争の構えを崩さなかった。

リーチの一言にはヒートへの敬意がこめられている。それは社交辞令ではなく実感でもある。だから気持ちがよい。さらには「去年のチーム」を例に挙げることで、今シーズンの進歩に触れ、同時に白星の並ぶ戦績にも気を引き締める意味を重ねた。自信をなくさぬように語り、ただし過信を戒める。完璧だ。しかも、もういっぺん繰り返すが、そこに戦略的なウソはない。

あのときを思い出した。2009年11月29日。同じ秩父宮のスタジアム下の通路だった。東海大学三年のマイケル・リーチはこのときすでに日本代表キャップ9。そこで22―17の勝利で法政戦を終えた本人に質問した。ジャパンの活動から戻ると大学ラグビーを軽く感じませんか?

「いや。日本の大学生のほうが気持ちは強いですから。法政のタックルも強くて痛い」

自分の属するリーグのチームへのリスペクトを述べた。2009年度の法政の諸君、負けた悔しさは消えないだろうけれど、いくらかの年月を経て、リーチのつぶやきは、やはり誇りに値すると思う。こっそり夜中に微笑んでください。

あのときのリーチは、早慶戦の数日後とあって、黒黄のジャージィの低いタックルにも触れた。「すごい。わたしも倒されます」。赤黒については「いつも強い。ただし体は小さい」と独特の評価をした。すでに自分はジャパンの定位置をつかみかけているのに、そこにあるラグビーを上のほうからとらえなかった。

あれから何年も過ぎて、まさに競技の顔となって、なお勝利には簡単には結びつかぬ三重ホンダヒートの奮闘の実相、その尊さをつかまえている。リーチ マイケルがいまだトップにあり続ける理由ではあるまいか。

よき選手に想像力は欠かせない。「この相手はいま全敗だが実はこわいぞ」。「学生のほうが国際選手より体を張る瞬間はけっこうある」。「惨敗の次節、やつらは手負いの獣となる。要警戒」。深く思い浮かべる態度が、なめず、おびえず、勝負の場に不可欠な「正しいおそれ」を呼んでくれるのだ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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