コラム「友情と尊敬」

第148回「その人がいたからトロフィーはある」 藤島 大

強い。強かった。なんべん繰り返したか。ラグビー好きならみんなそうだろう。さあ、もういっぺん。

「いゃあ、天理、強かった」

2020年度の学生覇者に1977年の歌を思い出した。矢沢永吉の『黒く塗りつぶせ』。天理大学は新年の国立競技場を黒く塗りつぶした。しぶといはずの早稲田大学がその粘りを発揮する前にトライを奪い勝負を決めた。

55‐28。素早く、強靭で勤勉、強気にして謙虚でもあった。後日、あるファンから以下の感想を聞かされた。「早稲田、よくあの展開で28点もとりましたね。やっぱり強いですね」。それくらい天理は強かった。

1925年創部の天理には伝統がある。それは長い歳月だけではなくスタイルの継承を意味する。1970年度、関西で無敵の同志社大学を破り関西リーグ初優勝。73年度からは3連覇を果たす。無名軽量の部員が厳格な鍛錬で身につけた体力を頼みに走り、つなぎ、よく勝った。

ちょうどそのころ、関東、いや、全国区で早稲田が時代を築いていた。こちらも高校までは名も無い小柄な選手たちが緊張に満ちた練習で培った速攻堅守を体現、旧来の体育会の体質と一線を画した民主的なクラブ運営もあり、社会的にも注目された。簡単に記すと大変な人気があった。それは天理には不運だった。重なり、かすんだからだ。

浮き沈みはあっても天理のスタイルは途絶えなかった。9年前のファイナルで帝京に3点差の惜敗、当時の立川理道主将は言った。

「ひたむきにタックルしてボールを動かす。それしかない。どこが相手でもぶれません」

卒業生で啓光学園に黄金期をもたらした元監督、記虎敏和さんは16年前の筆者のインタビューに母校の根幹を「系統立てた理論に基づく厳しさ」と表現した。08年、花園で天理が京都産業大学を破った。観客席に横井章さんがいた。「天理のラグビー、いいですね」と話しかけると、かつて日本代表の名手にして名キャプテン、最高の目利きである人は「自分たちの強みをよくいかしたラグビーがあって、それを信じているから粘れる」と評した。当時は日本一などはるか遠いと思われていた。

小松節夫監督は95年から指揮を執る。就任16年の10年前に技術誌『ラグビークリニック』にチーム構築の根本思想を明かしている。

「天理に脈々と伝わるスタイルは、身体は小さいけど走り回って、大きなチームを倒すラグビー。(略)たくさんの約束事を守り、無駄のない動きをする。人材によって戦い方を変えるのではなく、人材を得れば勝てるというスタイル」

優勝チームの国際級の13番、シオサイア・フィフィタ、体重115㎏の4番、アシペリ・モアラも天理のスタイルに溶け込んだ。小よく大を制しうるラグビーに「特大」が加わると、単発の突破には引かない明治と早稲田が止められなかった。

最後にどうしても書きたい事実がある。タイトルは「2020年度の大学日本一に2010年度のキャプテンを見た 」。

立川直道。あらためて2010年度の天理大学主将である。前述の理道より年次でひとつ上の兄。天理高校ー天理大学ークボタと同じ道を歩み、いま清水建設ブルーシャークスに在籍する。正直、弟ほどは知られていない。しかし、この派手なところのないフッカーこそは天理の栄冠の礎なのだ。

部員の意識を変え、可能な範囲で環境を整えた。不満の声と視線を浴びながら早朝5時半始動の走り込みを強行した。根気よく食事の大切さを説いた。

後年、本人は話した。

「僕自身は大学で強くなってトップリーグへ進みたかった。なのに入学してみると、そういう雰囲気はない。どうすればいいのか。朝から走るしかないと。結果が出なければ、ただ嫌われて終わっていたかもしれません」

結果は出た。35年ぶりの関西リーグ制覇。先に述べた最初の充実期以来のタイトルだった。翌年度の天理は大いに躍進する。国立競技場での大学選手権決勝、帝京に後半39分のPGで敗れるも「ひたむきにタックルしてボールを動かす」ラグビーで観客の胸を射た。「強豪天理」はここに広く認識された。立川直道の意志と実行力なしに理道の準優勝も、ついに訪れる日本一の瞬間もなかった。

小松監督は「人材を得れば勝てる」と過去に語った。人材は勝ったシーズンの在籍者とは限らなかった。10シーズン前のチームにいた。 

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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