コラム「友情と尊敬」

第36回「夏に想像する」 藤島 大

たまに考える。バクダッドのスポーツ好きはどうしているだろう。
学生時代のラグビー部の後輩が、卒業旅行にインドを選び、カルカッタ郊外の経済的にはきわめて貧しい農村にしばらく滞在した。どこかでその村の住人と意気投合したらしい。
帰国して一言。
「ラグビーをするということが、いかに贅沢なのか分かりました」
夏に戦争を思い出す。戦争体験はないから「夏に想像する」と書くべきか。戦争で死ぬのは壮烈な銃撃によってばかりでない。餓えて弱った戦病死が多かった。ろくに戦いもせず異国の土に伏せる。それもリアリズムだ。

『東京大学ラグビー部七十年史』を繰ってみる。
戦況激烈の1943年、昭和18年のページにこんな記述があった。

「幻のような試合」

この年の10月16日、神宮競技場で日本ラグビー協会主催の「出陣学徒壮行紅白試合」が行われた。 各大学から100名以上の部員が集まった。同日には野球の「最後の早慶戦」もあった。10月21日、あの有名な神宮での出陣学徒壮行会は開かれている。とうとう学業途中の学生までが戦地へ狩り出された。
「かくして学徒部隊は征く。さらば征け、征きて敵米英を撃て」
のちに野球や相撲の名実況をうたわれるNHKの志村正順アナウンサーの悲しい調子が響いた。
敵性語禁止によりラグビーは闘球と呼ばれた。

このころ東大ラグビー部員にも「一生の区切りをつけたい」という思いが募った。
「一生の思い出の試合となれば対京大戦であった」「戦死する前に最後の伝統の京大戦をやろうではないか」
どうしても好敵手の京都大学と戦いたい。ただし東京では目立つ。ならば京都で。
「ところが戦時下の折、チームが大挙して遠征することは、政府も大学も許さない」
部史に掲載された当時の部員の回顧によれば以下のような「作戦」は練られた。

試合決行は10月19日。東大の部員はそれぞれ個人的に京都旅行へ出かけたことにする。京都の吉田山でたまたま出会い、それじゃあと試合をする…。
「見えすいた話だが、皆大まじめで潜行した」と部史にはある。
東大が12ー11で勝った。しかし本当の勝者はいなかった。
『京都大学ラグビー部六十年史』の記述はこうだ。

「わびしい出陣前の幻のようなラグビー試合であった」

戦い終えると両校部員は肩と肩を組んで両校校歌を歌った。その後は両校部員がいりまじって宿での宴会が始まる。ふと祇園の街へ繰り出す。ある東大OBの述懐。

「その時の祇園の雰囲気の平和だったこと。古き良き時代のお正月気分がただよっていたのを思い出す。戦争で、できれば死にたくないなとばく然と思ったのを覚えている」

1945年の8月15日、玉音放送が流れた。その敗戦の日から1ヶ月後の9月23日には、早くも、戦後初めてのラグビー試合が敢行されている。

各大学のOBたちが復活させた関西倶楽部と全三高は京大グラウンドで対戦。「事前のふれこみなしに3000人」(東大部史)の観衆は集まったとされる。24ー6で関西倶楽部勝利。
京大の部史は、早大OBの西野綱三氏の言葉を引いている。

「何年かぶりで見る自由闊達な試合に感激、抑圧されていた人間関係が一気にこみ上げて『ワアッ』と驚くような大歓声となってこだまし、自由と平和が来たという喜びが雪どけの水のように奔流したようであった」

1943年10月の「わびしい幻」と1945年9月の「喜び」。そのあいだの苦難と残酷について想像を働かせよう。きっと夏合宿の10本連続タックルや100本スクラムは自由の証明なのだ。かつて、首の皮がめくれても、顔面が凸凹と化しても、それがラグビーのせいなら、うらやましくってしかたがないと思う先達がいた。そう思いながら若き命を落とした人々がいた。

東大部史にも7名のラグビー部卒業生の戦死者が記されている。哲学青年や銀座の酒場『ピノチオ』で喉をふるわせた歌自慢、みな愛すべき個性の持ち主だった。
ちなみに手元の『早稲田ラグビー六十年史』を引くと、21名の卒業生、3名の出陣学徒部員の名が戦死者として記録されている。全国の多くのラグビー人が戦火に散った。

いま、ともかくラグビーが存分にできる。のちに「いい時代だった」と振り返る事態の訪れを想像しないでもないが、走っても許されるときに青春を迎えたのは歴史をふまえれば幸運なのかもしれない。
夏におおいに鍛えよ。熱射病に細心の注意を払いつつ。
(京大部史の引用は東大部史の記載より)

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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