コラム「友情と尊敬」

第28回「100点だけにあらず」 藤島 大

悲しき「センチュリー」の映像が深夜に届いた。
Jスポーツの放送は午前2時15分から。そろそろ朝刊も届こうかという時間、日本の100失点は確定した。ザ・センチュリー。現地の新聞はそう書くだろう。100得点のことである。8ー100。ジャパンはスコットランドに氷の海まで蹴散らされた。

虚しさに襲われる。高校ラグビーの地方予選。スコアを見るだけで敗れた側の奮闘の様子と悔し泣きの苦さは伝わってくる。少年少女のスクールの練習方法に頭をひねり会社の仕事も手につかぬ無名の指導者がいる。社会人や大学での活躍を夢見ても家庭の事情でかなわぬ者だっている。ジャパンはその頂点なのである。

先に書いておかなくてはならない。
「大量失点のみが問題にあらず」
現代のラグビーでは、スコアが一方向に崩れることはありうる。
1998年6月には、ウェールズが南アフリカに13ー96で敗れた。
本稿執筆時点では不明だが、ひょっとすれば危機感に燃え上がる選手の踏ん張りで、ルーマニアやウェールズに健闘できるかもしれない。ラグビーとは、そういうスポーツでもある。

つまり、今回のジャパン惨敗の深刻と虚無は「100点」にではなく、こういうゲームの起こりうることが、戦う前にして分かっていたところにある。ベストの布陣を選べ(ば)ず、強豪国を倒す可能性をとことん追求せず、したがって独自性(ジャパンだけの方法)から逆算した練習をできず、ただでさえ足らない時間がさらに不足する。いつかきた道である。

本コラムの23回に触れたのだけれど、この春、ジャパンA(先発に当時のジャパンが9名)が、ニュージーランド大学選抜(NZU)に12ー99で敗れた時点で、「きちんと準備しなくては秋のスコットランド/ウェールズ遠征は大変なことになる」との警告は発せられていた。国内の論理=「力で前へ出られることを前提とした方法」=の前提が崩れた瞬間から、ただの張り子の虎と化す。

そういえば、NZU戦、レフェリーが少し早く試合を終わらせると、現地の解説者は「お情け(Mercy)の笛」と言った。100点を防ぐためだ。スコットランド戦に、お情けはなかった。ワールドカップ(W杯)招致活動にもお情けはあるまい。

最良のメンバーを選んで、ひとつの運命共同体をつくりあげる。日程や環境に制限はあろうとも、現場はそのことに専心しなくてはならない。ひとつずつの感激がジャパンの地位をもたらす。それしかないではないか。
2007年W杯に「ベスト8進出」を期せずして、2011年の「ベスト8進出」はありえない。1分1秒が勝負なのだから。

スコットランド戦のわずかな光は、CTB霜村誠一の決意に満ちたタックルとカバーリングだった。これでもかのトライ献上に際して、たいがいは、この男が最後まで追いすがった。ちなみに三洋電機でコンビを組む榎本淳平のタックル→すぐ起きてまたタックル&ハイパントのキャッチ、同じくWTB三宅敬の球を持ってないときの意識の高さ→チャンスとピンチでの反応の速さは、ぜひ全国の若い選手に参考にしてほしい。実は同じ内容を別の場所にも記したのだが、なんべんでも繰り返したくなる。

もうひとつ、スコットランドを相手にラインアウトは健闘できた。パターンがよく練られており安定感もある。ただし、チームの課題として、ラインアウトに並ぶまでが遅く、したがって投入のテンポもゆったりとして、全体にリズムの出ないのも事実だ。

スコットランドの新聞『スコッツマン』によれば、ジャパンの主将、箕内拓郎は大敗後にこう語った。
「これは現時点ではベストのジャパンだ」
当事者として潔く、誇りと責任感のにじむコメントではないか。「若手に経験を積ませる」なんて弁明はしない。我々は、こんなに素敵な船長(スキッパー)を抱いている。ここにも光はある。

(余談ながら、日本のレフェリーがトップリーグなどで『スキッパー、プリーズ』とキャプテンを手招きするのには違和感がある。なんであんなに英語を使うのか。『ノー。イリーガル・アングル』だって。フランスの国内試合でフランスのレフェリーが、ここまで英語まみれになるものだろうか)。

96失点のウェールズは、直後、国内の激しい議論を経て、新監督グラハム・ヘンリーを迎え、たった5ヵ月後に、同じスプリングボクスを向こうに20ー28まで迫った。そして翌年には29ー19の歴史的勝利を得る。
ジャパンにも、ウェールズ戦のスコアがどうであれ、大きな変化が必要だ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

過去のコラム