コラム「友情と尊敬」

第10回「コーチ不在の君へ」 藤島 大

 スポーツライターは「一流」や「強豪」に接する機会が多い。
 新聞でも雑誌でも、どこかに原稿を発表するのは、伝統の一戦や全国大会や国際試合やワールドカップばかりである。

 しかし、かつて都立高校のコーチ業(まったくの無給でしたが)に私生活の大部分を費やした経験をふまえて断言すれば、あらゆるレベルにおいて、本当は「恵まれない側」が大半だ。「持たざる者」と置き換えてもいい。

「恵まれない」の最たるものは「コーチ不在」である。

 進学優先の都立高校、中学時代のラグビー経験はもちろん、そもそもスポーツ活動歴もほとんどない人間ばかりのクラブでも時に上位に食い込めたのは、なにより部員の意欲と努力のおかげだ。

 しかし、少なくない対戦相手が、物理的な意味でのコーチ不在、もしくは、指導経験のない若き卒業生が週に1、2度教えるといった程度の「実質的なコーチ不在」の環境に置かれていたからでもある。

 ここに、私製の格言を記しておきたい。

 コーチなくして栄光なし。ただし無能なコーチならいないほうがまし。

 これ、世界共通の感覚を雑誌の記述のために言葉にしたものである。
 後段、いささか表現は厳しいが、事実には違いない。

 つまり、こういうことだ。
 高校や大学で(本物の)指導者不在に悩むリーダーよ、それは究極では確かに不運なのだが、「いないほうがまし」の境遇よりは幸運かもしれない。

 以下、ささやかにコーチ不在のチームのリーダーへ、強化のための助言をさせてもらいたい。約10年のコーチ体験および、さまざまなコーチ・選手への聞き取りにより、確信にいたった「大原則」である。

 ただし、確認すべきは、たとえば部員数にも練習スペースにも恵まれぬ公立高校(もちろん選手スカウトなどありえない)にコーチ不在の場合、ずばり花園優勝は無理だ。出場も相当に困難である。「コーチなくして栄光なし」はどうしても事実なのだ。

 でも現状より強くなるのは可能だ。絶対に。

 ひとつの真理。
「試合でできないことだけを練習する」
 もっと正確に記せば「試合であまりにもたくさん起きる事態なのにあまりにもできない」ことのみを徹底的に練習する。

 前の試合のビデオをみる。
 敗因、あるいは苦戦の原因は実は簡潔である。

 走れない。後半10分で足が止まる。
 いまの2倍の走りこみを課す(みずから課すのがコーチ不在ゆえの醍醐味と価値である)。

 持ち込んだ球が出ない。
 なぜ。倒れ方か。スピードに乗って球を受けられていないから前へ出られないのか。
パスの精度がひどいのか。あるいは走れないからか。
 的をしぼって、次の練習試合まで、実際に起きるかたちを単純化して反復しつづける。

 ラインアウトがまったくとれない。
 スロワーのせいか。だとすれば、ポジションにかかわらず、いちばん投げるのがうまい人物をスロワーにするのが早道だ。あるいは背が低いのか。リフティングの腕力が持たないのか。無理ならラインアウトをつくらないラグビーをする。

 あと一歩でトライを奪えない。
 数少ない、おそらく、ただひとりかもしれないエースを出し惜しみしてないか。
 ゴール前まで迫ったら、その場でポジションを変えても、そのエースにパスの回数ができるだけ少なくすむように球がわたるパターンを実行する。ひとつ、ふたつの必殺サイン、それだけをこれでもかと練習で繰り返す。

 以上、あくまでも例だ。大切なのは、「反省」はこれくらい大きく考えること。
 あのトライをされた時、お前の位置が2メートル違う…とか、ここのスウィープの角度が悪い…というような細かな反省点は、「コーチ不在」チームでは不毛だ。ワラビーズにまかせておけばよい。

 学生(生徒)だけでビデオをみて反省すると、えてして「ここでお前の位置が」式の
「ちっちゃな糾弾」に陥るおそれがある。もっとでっかく、「走れない」とか「タックルができない」と総括する。次の週はひたすら走ってタックルすればいい。すると、確実に「いま」よりは強くなる。これが、案外、難しいし、重要なのである。
 「パスがへたなのにパスの回数が多すぎる」。このあたりが反省の細かさの限度だ。

 技術書でないので、大原則にとどめる。もちろん、そう簡単に強くはならない。
 ただ、「絶対にできることをひとつずつ獲得する」のが、実はトップクラスにも共通のコーチングの秘訣のような気がしてならない。

 そしてコーチ不在の君へ、こうした「複雑なことを簡潔にする」過程は、あなたの知性を磨く。絶対に。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

過去のコラム