コラム「友情と尊敬」

第158回「エディー・ジョーンズの居場所」 藤島 大

エディー・ジョーンズがイングランド代表のヘッドコーチを解任された。来年のワールドカップ開幕まで約9カ月。さぞや無念だろう。

世界の祭典での大成果より逆算して「計画」を立てる。そのプランはおおむねうまく運ぶ。この62歳の指導者の真価だ。ただし今回は裏目に出た。

イングランドは、たとえば日本ではないからだ。ラグビーの発祥国である。伝統を誇り、他の協会より富や選手の層に恵まれる。だからワールドカップとワールドカップのあいだは準備期間という「勝利の道筋」にファンも協会幹部も簡単には納得しない。

11月27日、南アフリカに13―27の完敗を喫したあとにトゥイッケナム競技場にブーイングがとどろいた。エディー・ジョーンズは会見で「他人がどう考えようが関係ない」と語った。ワールドカップに向けて「よいベースをつくれている」と。

されど、その夜、そこにいる観客は、恵まれたラグビー国の一員として目の前のゲームに満足したかった。できれば勝利を。そうでなくとも喜びにあふれる攻守に酔わせておくれ。

イングランド協会(いちばん最初にできたので単にラグビー協会が正式名称)は、有力クラブの経営破綻などの問題を抱え、政治の側から運営に注文をつけられていた。スタジアムの不満をはね返す力はなく、むしろ乗じた。

7年前。イングランド代表の立て直しにエディー・ジョーンズを呼ぶに際して、周辺の興味深い発言があり記事に引いた。

シドニーのクラブ、ランドウィックの同僚でワラビーズの元主将のフィル・カーンズの一言。

「2、3年のタームではめざましい成功。大いなる疑問はそのあとだ」

最初の23戦に22勝。しかし3シーズン目に6カ国対抗で5位に沈む。そこからは一進一退、2019年のワールドカップでは決勝へ導くも、以後は足踏みにも映る。本年は12戦で5勝1分け6敗である。

10年前、ジャパンのヘッドコーチ就任時にインタビューした。

「日本の選手の最もよくないところ、それは本当に自分自身がうまくなろうと思って練習に臨まないところ」。「よいところは学習能力」。「素直なだけにグレーゾーンがあると前へ進まない」。視点と理解は鋭かった。

たぶんこのときだった。雑談でいきなり言った。

「もうすぐ、わたしは人気がなくなります」

アンポピュラーという言葉だった。ピンとこなかったが自覚なのだろう。今回も英国のメディアには「スタッフ」への要求の過酷さについての記述は目につく。あまりにもたくさんのコーチや裏方が去っていくと。

ガーディアン紙のロバート・キッツオン記者は書く。

「とげとげしい働き方ですべてをコントロールする者は、たとえユーモアの感覚がありコーチングとゲームを愛していても、ほどなく人々を疲弊させるのだ」

優れた洞察力は、周囲を鼓舞できるし、圧力をかけて委縮させることもできる。よかれと考えてハードに接し、おかげでタフになって伸びる選手はいる。結果も出る。でも時を重ねると、どうしても全体に重苦しい雰囲気は漂う。

火の玉のごときエディーでなく、もっと温厚な性格であっても、およそ監督やコーチは、自分としては「まだもう少し」というあたりで身を引くのが正解なのだ。

コーチングは利益追求のビジネスとは違う。成功に至る道での厳しさは求められる。だが選手やスタッフの尊厳を傷つけてはならない。6歳のプレーヤーは56歳の監督とまったく同等の人格の塊だ。

勝利を求める。ときに理屈を超越する猛練習もいとわない。それでも「踏み越えてならぬ線」は常にある。その「際(きわ)」を見きわめる。グラウンドとミ―ティング部屋では徹底的に「よき人」であれ。それは疲れます。何年も何年も続けられない。

最近の秀逸なエディー・ジョーンズ論は、解任報道の少し前のガーディアン紙の記事だ。アンディ・ブル記者の見立ては、窮地のイングランドのヘッドコーチには「劣勢こそフィットしている」(以下、鉤括弧は同記事の引用)。

ジャパンで南アフリカに立ち向かう。自国開催のワールドカップでグループ敗退のイングランドを救いに向かう。そうした立場こそ居心地がよい。しかし胸に赤い薔薇のラグビーの母国をいったん立て直すと、そこは世界で最も恵まれた代表なのだった。スポーツ用語におけるアンダードッグ、この場合なら「持たざる側」にはとてもくくられない。

「よってイングランドとは、いささか、ずれる」

このところの低迷も、なんだかチームを「アンダードッグ」とさせるための意図のような気すらしてくる。ファンの不満の声を浴び、メディアとは口論を繰り返す。「しばしばケンカを売ったので必要なときに助けてくれる友人はそんなにいない」。そして、そんな状況は潜在的に望むところなのだ。

「(エディーに)追い詰められたコーナーを脱する機会を与えたほうがよい。結局、それはいつも彼がやってきたことなのだから」

確かに。もっとも同じ地位にずっといたので既視感は伴う。ここは思い切ってオーストラリアへ帰り、ワラビーズの参謀役になってはどうか。対戦国は嫌じゃないか。大型台風エディー襲来の現場はたまらないけど。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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