コラム「友情と尊敬」

第84回「走って結束」 藤島 大

前回に続いて、もうひとつのフットボールの日本代表を援用してラグビーについて考えたい。

サッカー代表のワールドカップでの奮闘は周知の通りである。筆者は専門誌などの連載コラムにおいて、断続的に「岡田武史監督のチーム構築の方法は間違っていない」と書いてきた。大筋では当たった。ついでに「松井大輔を起用せよ」と記したのも悪くなかったとこっそり自負している。酒場では、もっと気楽に「きっと勝つよ、岡ちゃん」と繰り返してきたから、ひととき予言者として人気者の地位を得られた。

サッカー言論の世界では少数派だった。ただしラグビー界では「岡田ジャパンは勝つ」という意見は少なくなかったと想像する。

先日、日本協会の中竹竜二コーチングディレクターと会ったら「勝つと思ってました」とあっさりと話した。福岡サニックスの藤井雄一郎監督も、数日前、「絶対にきちっと戦うと分かっていた」と言った。ふたりともチームづくりを実践しているので、二次情報や予選などの試合の雰囲気からだけでも、なかば本能的に岡田ジャパンの正当性がつかめたのだと推察する。どちらも監督の大会直前と大会期間中のコメントの正しさを指摘していた。

岡田監督のジャパンの流れはこうだ。

日本人の長所(勤勉性、巧緻性、持久力)をあえてデフォルメして仮設を打ち立て、大きなイメージ(接近 展開 連続)からの逆算で戦術と技術と体力の原則・基準を見つける。その上で、実践・再構築・撤回などの作業を繰り返す。単独チームと異なり代表は実験の機会が限られるから、どうしても有料の観客を集めテレビ中継もともなうフレンドリー(親善試合)で「通じるか通じないか」を試さなくてはならない。負ければ、そうでなくとも、うまく運ばなければ、そのつどの批判を浴びる。

ラグビー代表の場合、格上の外国勢とぶつかれば、こちらがベストのコンディションでなく日程などの都合で必要な準備を物理的に施せていない場合、常に大敗の可能性をはらむ。個人的に「ラグビーでくっきり起こることがサッカーではやんわり起こる」が持論なので、その視点でとらえれば、サッカー代表が親善試合や招待試合で連敗しても、きっと強化の過程の必然だろうと思う。しっかり準備すれば、もっと戦えるだろうとの想像もつく。

結局、大切なのは「そこにチームがあるか」なのだ。

この場合のチームとは、監督が選手の能力と個性を把握、くっきりとした大枠のもと鍛練を続け、ひとつずつ段階を積み上げながら、大局的には「構成員が信頼で結ばれている」集団を示す。もちろん選手はレギュラーでありたいので、そうでなくなれば、いつでも監督の熱烈な支持者ではあるまい。ここは、あくまで大きくとらえて…ということだ。古今東西、すべてのよきチームは最後の最後に団結する。先に「団結ありき」では弱い。

スポーツライター志望の若者に「他者(ひと)の仕事を気にしない」こそ心得と伝えてきた。少しだけ自分の教えを曲げると、今回のサッカー代表報道でどうしても納得できないのは以下の見解である。

「岡田監督は大会直前に、それまでのすべてを捨て去り、バクチを打った」

すべてを捨てたチームがカメルーンとデンマークに勝てるわけがない。戦術やシステムが変わると、前はチャラ。それではデジタルのゲームだ。

ラグビーに置き換えれば理解できる。就任から2年半、展開速攻スタイルを磨いたとして、いざフィジーのような相手との決闘となれば、フォワード周辺の力攻めやキック中心の組み立てを指示して不思議はあるまい。「システム」や「人員配置」などチームに芯が通っていれば、いくらでも変更は可能である。展開をめざす過程で培われた体力、技術、信頼は、キック戦法でも死にはしない。あたりまえだ。

ラグビー代表、それに限らず、あなたのチームが、今回のサッカー代表から教訓を得るとすれば、あらためてフットボールのような競技で、強豪にくらいつき、倒すには、「体力」と「チームワーク」が核心であるという事実だ。

岡田監督のジャパンは走れた。いよいよ本大会で結束を固められた。それらは偶然の産物ではなく指導者が丹念に積み上げた段階の成果なのだった。

ジョン・カーワン監督(ヘッドコーチ)のジャパンが、来年のニュージーランドでフランスと語り草の死闘を演じるとすれば、まず相手より走れて、相手より最後まで素早く動き、本音のところでチームがひとつになっていることが条件となる。本音のチームワーク。指導者の見返りを求めぬ愛情と情熱にキャプテンはじめ選手が心の底から呼応する。建て前の団結でなしに衝突を乗り越える結束。ここが最低条件だ。とても簡単ではない。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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