コラム「友情と尊敬」

第52回「給料10倍」 藤島 大

トップリーグ魅力倍増のシーズンだった。
サントリーの躍進(蘇生と表現すべきか)、そのボスとしての清宮克幸監督の広い意味での集客力=注目を集めて自分の周辺を活性化させる力の効果は明らかだった。
 
強気の発言と周到かつ的確な準備で、たちまち東芝に肉迫して、しかし最終盤には力尽きるかのようにトヨタ自動車に蹴散らされた。途中交替出場を含むと計8人のルーキーが芝に立っていた事実は、完敗したらしたで「よくぞ、ここまで持ってきた」という感慨をも抱かせた。そこが清宮イズムの深みでもある。

そして、11月のリーグ休止期間を経て、じわじわと力を増したトヨタ、そのはつらつとした日本選手権の奮闘ぶりを見るにつけ、サントリーに限らず、まだ眠っている潜在力はトップリーグにたくさんあるのだと思わされる。まんべんなく強化に励むのでなく、シーズン後半のトヨタが原点回帰したように「我々はこうなのだ」という明快なイメージへ向かって突き進むことが、観客を喜ばせ、またチームを強くする。

それにしてもトヨタのフランカー菅原大志の体を張ったプレーぶりにはしびれた。愛称は「文太」だ。なに、『仁義なき戦い』の菅原文太よりもうんといかしている。31歳、まだまだ枯れちゃいない。

そして東芝の強さよ。いや物理的に強いのは数年来わかっていたことだが、言葉の本当の意味で強い。ピンチとチャンスの結束は、むしろ修羅場に揺るがなかった。

緻密な分析と体を張る気概でサントリーに迫られ、肉体の強靭さではトヨタに並ばれかけた。それでも年齢を重ねた賢者のごとく内面の落ち着きと知恵はどんどん引き出されて、耐えながら相手に圧力をかける域の凄みへと結実した。サントリーの研究と鍛錬が引き金となって各チームに以前よりモールを止められると、そのまま失速するのではなしに、別の得点能力を発揮する。

東芝の強さを簡潔に述べてしまえば、次の一言だ。

フォワードで崩してバックスで仕留める。あるいは、内側で崩して外側で仕留める。正確には、フォワードで崩してバックスで仕留める意図を貫徹できる。

言葉にしたなら当然のようだが、そんな当たり前をとことん追い求めて、少なくとも国内のチーム相手なら、どんな試合においても貫き通せるチームはありそうでない。

倒れない。ぶつかってもボールをコントロールできる。東芝のラグビーという幹があるから、いかなるピンチにも、どこかの枝が実をつけた。

日本選手権決勝後、薫田真広監督は記者団に囲まれて「せっかくターンオーバーしたあとのボールの動かし方」など、さっきまでのゲームの幾つかの不満点を解説してくれた。

最後の試合に勝って、まだ厳しいですね。そう聞くと、かつて泣く子も黙るスクラムを組んだボスは言った。

「もちろん全体としては満足ですよ。ただ来シーズンへつなげるためにも焦点がぼやけないようにしないと」

負けて、すぐ始まるは道理だが、勝っても、また、すぐに戦いは始まる。

背番号11をつけたフランカーにして、センターにして、ナンバー8、ナタニエラ・オトが、しみじみ言った。

「東芝は、みんなマジメなんです。だから、毎年強くなる」

とりわけ、まじめなのは、オト様、あなただ。いったい何度タックルして、何度ターンオーバーしたのか。スコット・マクラウドの内側に寄り添うように身を低くし、切れ込む相手をガッツンと掃除するオトのディフェンスこそ、システムを超越する東芝堅守の核なのだ。もしも自分がブレイブルーパスのオウナーなら「ナタニエラ君は給料10倍」。

ついでに、もしも自分がブレイブルーパスの熱烈なファンなら次の応援幕を用意します。

「冨岡鉄平を総理に」

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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