第57回「抜く本能と抜かない理性」
藤島 大
人間は「抜く動物」だ。「当たる動物」ではない。小学2、3年生のラグビーを眺めて、あらためて気がついた。
その集団において体格、パワー、スピードの飛び抜けた少年がいる。オトナ、いや高校生でも、まわりの子とあれほどの差があったら、少なくとも、たまには、ぶちかますだろう。ドカーンとぶっ飛ばす。
でも子供はそうしない。あくまでも人のいないスペースをめがけて抜きにかかる。もちろん走ってみて、そこに相手がいたならコンタクトのようなことも起こる。しかし、最初にボールを受けたり、拾ったりしたら、まず抜こうとする。あいている空間をめざす。
前回の本コラムで少し触れたが、子供にオーバーを教えると試合に勝てるのは、意図的コンタクトがなく、たぶん当たってしまうと腕に力が入らないのでボールはこぼれるか、そのまま倒れされて、リップ(もぎとり)やポップ(軽くパスを浮かす)はまだできないからである。その倒れてしまった局面でのオーバーを仕込んでおくと、もういっぺん攻撃ができて、うんと有利になる(小学5、6年がどうなのかは観察経験が乏しいので分からない)。
筆者は、かつて東京都立国立高校のコーチに没頭した。ラグビーの初心者で、スポーツ経験も限られている平均的な高校1年生に対して、入部直後に何をどう教えるかについては、監督と相談してよく考えた。
結論は「まず抜いてみる」だった。
縦横数メートルのスペースこしらえ、1対1の抜き合いをさせる。原則、何も指示せず、ただコーチがポンと短いパスを投げて、あとは自由に走り、止める(まだタックルはさせない。上体でつかまえさせる)。
最初から抜ける者がいる。うまい人間である。しばらくは勝手に気持ちよく抜かせる。いいぞ、いいぞ、とホメまくる。
そして大多数の抜けない者に向けて、最初のコーチングを行う。
「ラグビーって、抜けなくても全然オーケーなんだ」
つかまってもボールが生きていればいい。「メイク・イット・アベイラブル」。興味をもたせるために、正確かは怪しい英語の標語をつくったりする。そのうえで、攻撃側にもうひとりつけて「つかまったら、ともかく助けにいけ」と最初の指示を与える。すると、抜くことを第一の本能とすれば、いわば第二の本能、「助けがやってきたらその方向を向く」ようになる。ボールを手渡せれば合格である。
次に、抜ける人間を攻撃役に固定して、ディフェンス側に、こっそりコースや体の向きを教えておく。さっきまで自由に抜いていた者がつかまったり、つかまりかけたりする。そこに仲間が助けがやってくる。手渡す。ブラボー! これもラグビーだ! ついで抜ける者に防御をさせてみると、どうして自分が抜けなくなったか分かっているので自然に的確なコースをとる…。パスもタックルも、すべて、このドリルを起点とした。
より効果的な初心者向けの初期ドリルは全国にあるはずだ。ただ、冒頭の小学低学年のラグビーの例から、やはり抜くこと、抜こうとすることこそ自然な欲求であり、そこをふまえて発展させるのは、そう間違っていなかったと思えるのである。
さて、人間は抜く動物だが、でも人間は動物とは違う。子供なら転びたくない。ぶつかりたくもない。固い土のグラウンドでプレーすれば、なおさらそうだろう。しかし、高校生であれば、あえてカチンカチンのグラウンドに身を滑らしたり、自分に抜く才能がないと自覚したら当たりやボールをいかすためだけのコンタクトに徹する者も出現してくる。ひとつの「理性」のカタチである。ここの妙味については、いずれ考察してみたい。
もし子供時代にラグビーを始めたら、いたって平凡だったかしれないが、高校で初めて楕円のボールを知って「不器用な私にはこれしかできない。ここに生きる」という理性と負けん気を融合させて、まれなるタックルの鬼やスクラムの神になる可能性はある、むしろ「私はラグビーが苦手」という幼少の記憶のない分だけ勝負には強い…というボンヤリとしたイメージは浮かんでくる。そこのところはバイオリンの稽古とは異なる気がするのだ。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。