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第96回「残り20分の王者」藤島 大

今シーズンの冠のない覇者のひとつに桐蔭学園があった。花園の準々決勝、結果として圧巻の優勝を遂げる東福岡に堂々たる攻守で鋭く迫り、わずかな差に泣いた(21−29)。CTB濱野大輔主将が象徴する深くえぐるタックル、おのれの攻撃理論を信じ切るダイレクトな前進、それを支えるセットプレーとブレイクダウンの確かさは「きわめて優勝に近い」と書いて、さほど、おおげさではない。

桐蔭学園は、前半の劣勢を反転させ、後半18分の段階で21−19とリードした。しかし残り約10分の攻防でまたひっくり返された。惜しい。しかし、そこが実力の証明であるのも残酷だけれど確かだ。

このコラムを書いている雪の朝のその前夜、まだ静かな雨が降り始めたころ、東京都内の某所であるチームの気鋭のコーチと話す機会があった。惜しくも上位リーグ昇格の機会を逃すシーズンを終えている。そのコーチが言った。

「どうしても残り20分で勝ち切れないのです」

フィットネスの問題か。どうやら違う。根拠のひとつは、同チームには、ちょっとその世界では知られた腕利きのコンディショニング担当コーチがいる。少なくとも対戦相手との関係においてはっきりとスタミナで劣るようなことはありえない。どうやら、心技体でいえば、心と技の領域が関係していそうだ。「心」は抽象的で概念の幅が広いから取り扱い注意の言葉かもしれない。この場合は「気持ちが弱い」という意味ではなく、自信、チームとして、またその構成員たる個人としてのいわば「信」という意味のつもりである。

トップリーグでも、パナソニックやサントリーや東芝は、えてして残り20分に底力を発揮する。苦しんでも、そこで突き放したり、逆転してみせる。今季の大学では、王者の帝京が、対抗戦の早稲田戦、大学選手権2回戦の同志社との接戦を、それぞれ最後の堅守と最後の猛攻で白星の側に引き寄せた。決勝では、見事な結束と展開で迫った天理に追いつかれ、しかし、残り1分で勝ち越している。惜敗も惜敗の天理も体格ではひどく劣勢ながらチャンスとピンチでの反応の鋭さはついに衰えず、耐え、なお攻めて、終盤に同点とした。

「残り20分の王者」こそは勝ち進み、しばしばシーズンを勝ち切る。

もちろんラグビーはラグビーだから、優れた理論、それに求められる技術の真摯な習得こそが、最後の局面での強さをもたらす。それは間違いない。いたずらに「心の問題」とすると根本のところを素通りしてしまう危険はある。

ただ、どれほど机上で優れた理論でも深く信じなければ、芝や土の上では、よき相手の抵抗の前には無力化する。選手が、指導者が、スタッフなど関係する者すべてが、信を抱いていることが「最後の20分」に凝縮される。では自分たちのラグビーを信じる条件とは何か。それは「自分たちの」と「ラグビー」のあいだにはさまる次の言葉だと思う。すなわち「強みをいかした」。

自分たちの強みをいかしたラグビーを信じる。

すると残り20分の確信をつかまえられる。だから粘れる。

大学のファイナルに残った両校のスタイルは対照的だから例に引くが、どちらも粘りがあった。

帝京は、大きく力強いFWが、セットプレーとブレイクダウンの精進に励み、それを基軸とする「自分たちの強みをいかしたラグビー」に徹する。観客に優しいかといえばそうでもないが、連覇を経て、部員の「心」は簡単に揺るがない。力攻めの遅効のイメージに反して、守りの執拗な分厚さ、動き出しの素早さは、やはり信じる気持ちに由来している。

天理のスタイルもそれを遂行する人間たちの「信」にくるまれている。立川理道主将のコメントを紹介すれば「ひたむきにタックルしてボールを動かす。それしかない。どこが相手でもぶれません。精度を高めるだけです」。信じているから、自陣ゴール前の危機をしのぎ、一瞬の好機に全員の全身が反応する。

帝京には未完でも身体能力とサイズに恵まれた部員がよく集い、巨漢の外国人留学生の確保もできる。天理の場合は全国の高校からの部員が潤沢には入学せず、だが「系統立った理論に基づく厳しさ」という伝統は継承されている。そうした自分たちの条件や環境に合ったスタイルを築けば、よく勝つようになる。勝てば信じる気持ちはどんどんふくらむ。負けてもここが足らないとはっきりする。そのスタイル、方法が最良にして最適であるとは限らない。ただし、少なくとも自分チームをよく知ろうとして構築されたスタイルだから、ただ他チームや海外のコーチングの追随をするよりは強い。

冒頭の高校ラグビーでは、残り20分は、おおむね、残り10分に置き換えられる。実力伯仲の接戦なら、勝つか負けるかの分かれ目はしばしばそのあたりから始まる。もしフィットネスの問題なら、高校の短い時間では残り5分でそうなるはずだ。やはり勝ちが見える、負けが見える、その心の動きが、自分たちの強みをいかしたラグビーを信じる側の力となり、信じ切れぬ側の力をぎくしゃくさせる。

残り20分、10分、あるいは1分、大切な場面での痛恨の判断ミスはただ経験の欠如によるものではない。なぜなら、たとえば一流外国人のプレーメーカーがいても、自分たちの強みを信じ切れないチームでは、その人がまた間違えたりする。チームはチームであり、本物のチームとは、自分たちの強みをいかしたチームなのである。

■筆者「藤島大」の略歴■スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『ラグビー特別便』(スキージャーナル)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン)、『キャンパスの匂い』(論創社)など。東京新聞(中日新聞)火曜夕刊にコラム連載中。
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